孫呉の裏切りと奇襲により壊滅した街で民の慰撫をすること数日
俺はあの孫権がこんなことをするとは思えない、何かあったのではないか?と考えているがそれを皆に言うことは出来ない
朱里や紫苑にそれとなく訪ねたりしてみるが解決することはなく、悶々と日々を過していた
そんなある日、伯珪の紹介で1人の女性が我が陣営にやってきた・・・

「君が伯珪の友人の?」
幕に通された赤い髪に蒼い瞳の女性。それは夢の中で度々見かけた女性と瓜二つ
ただし服装は違い、今は赤い服の上から黒いマントのようなものを着ている
「はい、劉備玄徳といいます。玄徳とお呼びください」
―劉備玄徳。三国志を知るものならその名を知らない者はいないだろう
そして俺の立ち居地がその劉備に当てはまるのではなかったのか?
ならばここにいる劉備は一体―
色々と疑問は尽きないが、今はおいておこう
「わかった。では玄徳。どんな用件かな?」
「私を軍に入れてください」
「理由を聞いてもいいかな?」
「私は・・・私は、孫呉の兵に殺された母の仇を討ちたいのです!」
「仇討ち、か」
劉備の仇討ち、それは史実で死ぬ事となった原因でもあり、すぐに許可する訳にはいかない
だがここで受け入れなければ彼女は一人でも戦いを挑んでしまうだろう。なら俺に出来ることは・・・
「ちょっとまってて。誰か、翠を呼んできてくれる?」
「はっ」

少しの沈黙後、翠がやってきた
「翠、彼女は劉備。今日から翠の部隊に入れてやってくれ」
「あ・・・よろしくお願いします!」
「え?ああ、うん。わかった。あたしは馬超、よろしくな、劉備」
「それじゃ案内頼む。あ、翠、ちょいちょい」
先に玄徳を退出させて翠を手招きしこっそりと話す
(翠、彼女は昔の翠と同じなんだ。できれば、復讐を諦めさせてくれると助かる)
(そういうことか。だからって無茶言うなよ・・・まあ、やれるだけはやってみるけどさ)
(それでいいさ、ありがとな翠)
(う・・・こ、これは借しにするからな!)
顔を真っ赤にして幕を出て行く翠
「くくく、ほんと、良い意味で変わってくれたよなぁ、翠の奴」
玄徳も翠のように復讐から解放されるといいんだけど・・・


それから数日が過ぎた
「馬超様・・・」
「ん?どうした?」
思いつめた顔をして翠の元を訪れた玄徳。生来の優しさ故、仇を、復讐を、と思っていても迷ってしまうのだろう
「あの、失礼ですが馬超様の父上は曹操に殺された、と聞きました。ですが今は捕虜として生きていると」
「ああ、そうだな」
「それで、許せるものなのでしょうか?私は・・・」
声を落とし、俯きながら呟く。そんな玄徳に翠が優しく語りかける
「あたしは・・・ご主人様達と暮らすようになって、大陸の平和とか街の人達のこととか考えるようになってさ、大義って奴を信じれるようになったんだ」
昔を思い出し、悲しみに顔を歪めるがすぐにいつもの顔に戻る
「父上を殺された恨みはあった。でもそれは大義の前では小さな出来事だったんだって、思えるようになった」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「だから、あたしは曹操達を受け入れた。そうすれば、無駄に争いなんて起きなくて、兵も命を的にしなくていいんだから」
「馬超様は立派ですね・・・私には、そこまで割り切ることが出来ません・・・・・・」
「まあそれはあたしの答え。劉備は劉備で自分の答えを見つけていくしかないよ。酷な答えだけどね」
「いえ、それだけでも十分です。馬超様、私の事は玄徳で構いません」
「そうか?ならあたしも翠でいいよ。改めてよろしくな、玄徳」
「はい、翠様」


数日後、ついに孫呉との火蓋が切って落とされた。敵総大将は孫呉君主孫権の妹孫尚香
両者共に相手が裏切った、という思考があるために戦いは激しいものとなった

戦いも中頃、突然戦場に現れた1組の黒い集団が戦いの流れを変えた
「全員突撃っ!先生の敵を倒すんだっ!」
「「「おおおぉぉぉぉ!!」」」
「な、なんだなんだ!?」
「馬超様、あれを!」
「ん?黒い兵?って!あいつら馬鹿か!?あの少人数で敵陣に突っ込む奴があるか!」
「なんで・・・なんで、みんながここに・・・・・・」
「玄徳?知り合いなのか?」
「はい、故郷の友人達です・・・なんでここに、それにあれは・・・」
突然現れたその集団は孫呉の兵の横腹を叩く。それにより陣が乱れた孫呉兵は馬超隊の者に次々と討たれていった

「はあぁぁ!!」
「ぐぁっ!」
敵将の首を落とし、空高く掲げる
「敵将祖茂、この華雄が討ち取った!!」
敵将を討ち果たしたことで敵の士気は下がり、指揮系統の麻痺により部隊に混乱が起きている
歴戦の将たる華雄がこの隙を見逃すはずは無い
「残るは雑魚のみ!全軍突撃、裏切り者の孫呉の兵に我らの精強さを思い知らせてやれ!!」
「「「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」
「華雄ー!」
「ん?伯珪、どうした?」
「一刀から伝言、愛紗が敵総大将を捕獲したから敵に降伏を呼びかけてくれって」
「何っ!?くそ、出遅れたか!」


戦いも終わり、孫尚香を孫権説得の為に自陣営に向かえ、突然現れた黒い集団の代表を呼んだ
どうやら玄徳の知り合いということなので彼女にも同行して貰っている
「君達のお陰で戦いは早く終わり、犠牲者も少なくなった。ありがとう。でも、何故突然こんなことを?」
「私達は玄徳先生が北郷軍に加わった、と聞き、賛同する者を集めて先生の手助けにきたのです」
「寇封、どうして・・・」
「私達はあの時、玄徳先生が世を正す為に立ち上がるならばそれに付き従う、と誓ったじゃありませんか」
「それは、そうだけど・・・でもこれは」
「先生が軍に加わった理由も知っています。それでも、先生が北郷様に仕える事で争いのない世が近づくのなら、私達はかまいません」
「!?それは・・・」
「本当に、いいんだね?」
「はい」
真剣な顔で俺を見る
「分かった。それなら寇封は玄徳の下について補佐を頼む」
「ありがとうございます」

寇封が立ち去っても、玄徳の顔色は晴れずにいる
「太守様・・・私、間違っていたんでしょうか?母の仇を、と一人でも戦う気でいました。でも・・・」
迷いを振り切るように、ぎこちなく笑顔を貼り付けて口を開く
「寇封を、みんなを、私の復讐に付き合わせるなんて、そんなの間違っていますよね・・・」
「玄徳・・・・・・」
「翠様の言っていた事、少しわかった気がします。みんなをこんな事に巻き込む訳にはいきません。迷惑かけてしまってごめんなさい、太守様」
「いや、気にしなくていいよ。俺としては彼女達のお陰で助かったんだからね。それで、これからどうするんだ?」
「村へ帰ろうかと思います。盧植先生のようにはいきませんが、先生として色々教えているので」
だからみんな玄徳の事を先生か。教える時はやっぱり眼鏡とかかけて、って何考えてんだ俺
「なあ、玄徳」
「なんでしょう?」
「直接戦場に出なくてもさ、戦いの場はあると思うんだ」
「え?」
「争いの無い世も大事だけど、それには民の生活の事とか法とかをしっかりしないといけない」
「そう・・・ですね」
「伯珪の学友ならそっちの能力は期待出来そうだし、先生やってるなら教えるのも上手そうだし、よかったら内政の手伝いをしてくれないかな?」
最初は驚き目をぱちくりさせ、そして満面の笑みを浮かべて頷いてくれた
「はい!よろしくお願いします!」
「ああ、よろしくな玄徳。あ、俺のことは一刀でいいよ」
こうして、俺達に新しい仲間が加わった。剣や矢の飛び交う戦場に出ることはないけれど、これからは書簡飛び交う戦場で共に戦うことになるだろう