「はぁぁぁぁっ!」
ヒュンヒュン。
ドゴッッッ。
ギィィィン。
「・・・っ、ちょっと待った〜〜〜〜!!!」
俺はたまらず大声をあげてその戦いを止めた。
「?? ご主人様。しかしたった今『鬼ごっこ』を始めようと仰ったのはご主人様ではないですか?」
すっかり戦闘モードになっった愛紗が青竜刀を片手に聞いてきた。
「始めようとは言ったけど全くルール、じゃない、規定が分かってないで始めちゃダメだよ」
「説明ならご主人様を待ってる間に星から聞きましたが」
「それが間違ってるから止めたんだよ」
「・・・ほぅ、星よ、つまりお前はみんなを謀ったのか?」
愛紗が覇気と共に睨み付けるように星を見た。
星はそれを全く意に介さず、
「はて、私はあの時主に問うたものをそのまま皆に教えただけですが」
「何っ、ご主人様の責任にするつもりか?」
二人を制するような位置に立ち、
「二人とも、落ち着いて。確かにあの時きちんと説明しなかった俺にも責任があるんだから」
「しかしこやつはっ」
「いいからっ。これから正式な説明するから済んだことは気にしないの」
愛紗はまだ何か言いたそうであったが口を閉ざした。
「さてっ、じゃあ最初は・・・」
俺はみんなにルールのことを説明しながら、ことの発端となったほんの一時間前を思い返していた。
・・・・・・。
・・・・。
・・。



どどどどどどどっ!!
バンッ!!!
激しい足音と共に現れた鈴々は満面の笑みを浮かべて開口一番言い放った。

「お兄ちゃん、みんなで『鬼ごっこ』するのだ!」
「鈴々?どうしたんだ、いきなり」
待ちきれないといった感じで足踏みしながら、
「とぼけてもダメなのだ、星からお兄ちゃんが『鬼ごっこ』っていうすっごく面白い天界の遊びがあるって聞いたのだ。
だからこれからみんなでするのだ」
楽しそうに言う鈴々を見ながら、
(あぁ、そう言えば星にそんなこと言ったかも。というか星のやつ、いきなり鈴々になに吹き込んでんだ)
と考え込んでいた。
「ねぇえ、早く中庭に行くのだ、みんな待ってるよ」
急かす鈴々を見、言った言葉に少し驚きながら
「へっ、みんなって・・・、もしかして愛紗もいるの?」
「うん、愛紗に朱里に星に翠に紫苑がいるのだ」
「よく愛紗が許したな。絶対怒ると思うんだけど」
いたずらっ子っぽく歯を見せながら笑い、
「星からお兄ちゃんが提案したって言えば渋々来るだろうって言われたから、その通りに
言ったら来たのだ」
言われた言葉に戸惑う事、数秒、
「・・・・・・。鈴々、これからはそれ使ったらダメだからね、嘘ってばれたらまた説教2時間コースだよ」
「分かってるのだ。今回だけにするのだ。じゃあお兄ちゃん、行こうっ!」
ちらりと見た机の上には公務の書類も多少残ってはいるが、急ぎの用ではないし、愛紗までいるのなら怒られる事もないだろう。
「・・・。よし、行くかっ!」
「さっすがお兄ちゃんなのだ。じゃあ、中庭に急ぐのだ」
言うが速し、腕を掴んで部屋から一目散に飛び出していった。
・・・・・・。
・・・・。
・・。



「以上で説明は終わり。何か質問はあるかな?」
一通り説明し終わり、みんなを見回した。
愛紗が自分に覚えさせるようにルールを復唱していた。
「なるほど、つまり、鬼役を一人決めて、その者に体を触れられれば、触れられた者はその場で失格。
鬼が全ての者を捕まえれば鬼の勝ち。触れられずに残ったものがいればその者が勝者、ということなのですね」
「まあ、そうだね」
今度は星が質問してきた。
「主よ。鬼が追いかけてきた場合、迎撃する事は有りなのだろうか。」
「あっ、それは重要だよなー。で、ご主人様、そこのところはどうなってるんだ?」
「武器なら体に触れた事にはならないから大丈夫だと思うのだー!」
翠も重ねて質問し、鈴々が勝手に答えていた。
あぁ、全く。この猪突猛進コンビは・・・。
「それだと俺とか朱里が圧倒的に不利だろ。武器の使用は禁止」
朱里もうなずきながら、
「そうですよー。みなさんに逃げられたら、それこそ日が暮れても終わりません」
朱里が言うのを聞きながら、
(うーん、よく考えると身体能力の差がそのまま反映されるからこのままだと不公平だよな。ちょっと付け足ししておくか)
「ちょっと付け足し。開始直後は一度鬼から見えないところに隠れてもらって、基本はあまり動かない事。
2人捕まえたところで残ってる人は移動できるようにする。
捕まった人たちは鬼の仲間になって、一緒に逃げてる人を捕まえる。って言うのはどうかな?
これなら例え最初に朱里が鬼になったとしても楽しめると思うんだけど」
「あら、さすがご主人様ねぇ!それでいいんじゃないかしらん♪」
「うをっ、化け物!どっから現れた!?」
「しどいわ、ご主人様。でもまぁ、そんなところもす・て・き・よ♪
遊びにきたらなんかみんなして中庭に集まって楽しそうなことしてるじゃない?
ずるいわ、私だけ仲間はずれにするなんてぇ」
「そうねぇ、せっかく来て貂蝉だけ仲間はずれなんてかわいそうだし。ご主人様、いいんじゃないかしら?」
「さっすが紫苑ちゃんね、いいこと言ったわ。ねぇ、ご主人様、ここで断るなんてみみっちいことはしないわよねぇ?」
「ぐっ、まあいいか」
朱里がくすくすと笑いながら、
「まあまあご主人様。じゃあジャンケンして最初の鬼を決めちゃいましょうか。あっ、時間のほうはどうしましょうか?」
「2時間くらいでいいんじゃないかな。鬼の仲間が決定した時と終了時間を知らせる時は銅鑼を鳴らして知らせるって事で。
鬼の仲間には、・・・そうだな、目印に眼鏡でも掛けてもらおうかな」
あっ、みんな呆然としてる。
そんな中愛紗がいち早く聞き返してきた。
「眼鏡・・・、ですか?」
「うん。眼鏡。昨日他国の行商の人から安いのを大量に買わされちゃってね。丁度いいからみんなつけてみたらどうかなって」
「別にいいんじゃないか。楽しそうだし」
「そうね、今日は遊びだしそれくらいの娯楽があってもいいんじゃないかしら」
翠が軽く肯定してくれたおかげで紫苑も賛同し、捕まった人は眼鏡を掛ける事に決定した。

そしてようやく始められるといったところで鈴々が質問してきた。
「そういえばお兄ちゃん、勝った人には何かご褒美ははいのか?」
「これ、鈴々、ご主人様にねだるなどいつもいけないと窘めているだろう」
慌てて鈴々に言う愛紗を制し、
「いいんじゃないかな、別に」
そういうと鈴々は両手を挙げて喜び、
「やったー、うーん、じゃね、前に武芸大会した時はちゅーだったから、今回は一日貸切の権利がいいのだ!」
「ぶっ!?」
思わず噴いた。
「それはさすがに・・・、最近忙しくて公務も一日サボると凄い事になっちゃうから・・・。
・・・なんで、みんなそんな真剣な顔しちゃってるの?」
「最近かまっていただいてないし、これはいい機会かも知れん・・・」
「一日くらい休んでも平気かも・・・」
「たまには鈴々もいいことを・・・」
「主と一日好きにか・・・」
「あらあら、みんな考えてる事が一緒ね・・・」
みんなそれぞれ思うことがあるのか下を向きなにやら妖しげなセリフを呟いていた。
「ではご主人様、今回の大会、勝利者の賞品はそれでよろしいですね?」
「えっ、俺の話無視・・・?」
「臣下がこれほど望んでおられるのです。その期待に応えるのも主の役目です」
「そうですな。万が一にも無いとは思われますが、そこで断っては男が廃るというもの。
我らが主に限ってまさかそのような事は致すまい」
くそう、どんどん話が進んでいく。
「そうねぃ、これだけうら若き乙女達が求めているんだもの。受けちゃいなさいよ、ご主人様〜」
「ええい、貂蝉、お前だけは擦り寄ってくるな。受けるのは全然構わないがお前だけは絶対にダメだ」
「あら、ひどいわ〜、相変わらずい・け・ず・ね〜」
腰をくねらせている貂蝉そ尻目に、鈴々が、
「お兄ちゃん。じゃあ貂蝉以外なら良しってことだよね?」
言い、紫苑がそれに続いた。
「そうねぇ、今のご主人様の台詞はそういうことよね。では決定という事で」
「はぁ、わかったよ。でもあんまり激しいのは無しな。次の日も公務はあるんだし」
「よっしゃー、よくやった、鈴々!」
「では、ご主人様。そろそろ鬼を決めましょうか」
(実は一番やる気満々なのは朱里なんじゃないかと思ってしまうほど先に進めたがるなー、朱里は。
まあ普段みんなは一緒に稽古とかしている時でも朱里は大抵一人で仕事しているからな。
こういう機会はみんなより少ないのかも。)
そんな事を思っていると朱里が下から
「?」
を浮かべながら顔を覗かせきた。
何気なくいい子いい子、と頭を撫でてやった。
「・・・?・・・えへへ〜」
うん、幸せそうだ。
「さて、みんな。そろそろ本当に鬼を決めようか。・・・じゃあいくよ、ジャンケン・・・」
『ぽん』「どん」
『あっ・・・』
みんながグーを出している中に一人だけチョキ・・・。
「あら、一発で決まっちゃいましたわね」
「弱いのだー」
・・・、俺、なさけねー。
「ではご主人様、開始の合図を」
「はぁ。では、みんな、これから大鬼ごっこ(?)大会を始めます!よ〜〜〜〜〜い、どんっ!!!」
「絶対最後まで残ってやるぜ!!」
「翠には負けないのだ!」
言いながらみんな蜘蛛の子を散らすように八方へ走っていった。
・・・・・・。
・・・・。
・・。



「さて・・・」
(これからどうしようかな。みんなそう一筋縄にはいかなそうだし。
でも鈴々と翠は単純な分捕まえやすいかな。
朱里は後回しにしても大丈夫だよな、機動力は俺より低いから見つけさえすればどうとでもなるだろうし。
愛紗は・・・、あれで結構直情型だからなんとかなるかも。
となると特に強敵なのは星と紫苑だよなー、この二人は動きだけじゃなく知恵も回るから。
・・・はっ、まずは貂蝉を見つけなければ。
まかり間違ってあいつが残りでもしたら・・・・・・。コワっ!!)
「さて、そろそろ行くかな」
鬼行動開始の銅鑼を鳴らし、かくて長き一日の火蓋は切って落とされた・・・。
なんちゃって。
・・・・・・。
・・・・。
・・。



「・・・、おい、そこの妖かし。何目の前でポーズとって固まってるんだ」
「・・・・・・。」
「無視かよ。なんだ、とうとう天罰が下って雷でも落ちたか。こんなに煤けちゃって。
まあこれが貂蝉だなんて聞いたら元の世界のやつらなんか卒倒もんだからな、これでよかったかも」
ぼろくそ言っていると目の前の貂蝉?がブルブルと震えだし、やがて、
「ひどいわ〜、ご主人様。私がいくら美しいからって、そんなに言葉攻めするなんてー。
熱く滾ってくる劣情を、我慢できなくなっちゃうじゃない」
(喜んでんのかよ!?)
「で、お前はなんでこんなところにいるんだ」
最初の中庭の隅にいた貂蝉を一目で見つけ、わずか開始10秒で一人目が捕まっってしまった。
こんな簡単でいいのか、などと思いつつ周りを見渡していると、
「あら、それはもちろん、美しい女神様の彫像になりきっていたに決まっているじゃない」
「・・・・・・。そうか」
(まあこれで一番の危険は去った・・・、よな)
捕まえた事を示す銅鑼を鳴らし、
「じゃあまだ一人目だから、仲間を増やしに行くか」
「そうねぃ、じゃあ私は眼鏡の代わりに、この、正義の蝶々の仮面を被るわ」
そういうと貂蝉はどこかからあの仮面を取り出し付けようとした。
「それは愛紗とかが見たらまた面倒な事になりそうだからやめてくれ」
「あらそう?残念」
普通の眼鏡を渡し、二人で行動を開始した。
・・・、嫌々ながらな。


銅鑼の音を聞き翠は驚いた。
「おいおい、もう誰か捕まったのかよ。早すぎだぜ、ご主人様は。」
「こりゃ気を引き締めていかないと、だな」
そういうと気配を殺し、また静かに時が過ぎるのを待った。


同時刻、同じく鐘の音を聞いていた朱里は、
「はわわ、もうですか?いくらなんでも・・・。でも鈴々ちゃんとかならありえるかも」
「場所は危ないけど今回の規定なら私にもチャンスはあるし、がんばちゃうんだから」
意気込みをあらたに臨むのであった。


取り敢えずは当てもなくぶらぶらと歩き続けた。
「みんなどこにいるかなー。おーい、愛紗ー、朱里ー。・・・・・・、やっぱそう簡単にいかないか」
隣を歩く貂蝉も辺りを見回しながらたまにこっちをちらっと見て、
「失礼なこと考えちゃダメよ、ご主人様。元気出して。私の胸ならいつでも貸し出してあげるから」
「いや、それは心底遠慮する」
貂蝉と反対を向いて探す振りをしてやり過ごしていると、
庭の通路と通路の小さな木陰から見慣れたリボンがひらひらと不自然に揺れていた。
(おい、貂蝉、あれ)
(本当ねー、可愛いわ)
(こっそり近づくからお前はここで待ってろ)
(了解よ、ご主人様)
言うとこっそりと近づき・・・、
「とりゃっ!」
リボンを思いっきり引っ張った。
「はわわっ!?」
怪しげな声を出して道端に転がってきたのは予想通り朱里であった。
「うわっ、ご主人様ですか?えっ、なななんで分かってんですか?はわわわわわわ」
「朱里、落ち着いて」
地面に座り込んでしまった朱里をゆっくり起こして、丁寧にほこりを払ってやった。
「はうー、もう見つかっちゃったんですかー。残念です」
「ははは、こんなところにいるってことは探す場所を考えているうちに俺が動き始めちゃったのかな?」
「そうです、色々考えているうちに銅鑼が鳴っちゃって・・・。急いで近くの草むらに逃げ込んだんです。」
本気で悔しがる朱里を愛おしく見守りながら、
「残念だったねー、これで二人目だ」
「あっ、そういえば銅鑼が鳴ってましたね。一人目はどなたなんですか?」
「それは、私よん」
「ひゃん!?」
いきなりの登場に驚いた朱里がまた変な声を出した。
「お前は何で毎回急に出てくるんだ」
「あら、ひどいのね。普通に近づいたのに気づいてくれないご主人様が悪いんじゃない?
目の前で朱里ちゃんと二人っきりでいい雰囲気なんて妬けちゃうわ」
「ちょ、貂蝉さんだったんですか。以外というか、納得というか」
「納得しちゃうんだ」
落ち着いた朱里が思い出したように言った。
「あっ、でもこれで二人捕まえたってことは・・・」
「そうねぇ、みんなが動き始めるってことねぇ」
貂蝉が頷き、俺も首を首を縦に振る。
「ここからが・・・、本番、・・・ってことか」
そして三度目の銅鑼の音が鳴り響いた。


静かに身を隠していた愛紗は三度目の銅鑼を聞き、小さく呟いた。
「これで二人、残った者は行動が許可される、か」
「捕まった者の力量にもよるが、関係ない。生き残ってみせる!」
雄雄しく立ち上がった愛紗はそのままゆっくりと行動を開始した。


一方その頃、別の場所で同じく紫苑は、
「あら、もう二人目も捕まったのね。ご主人様に一日の長があるのか。捕まった子が単純なのか」
「まあどちらにしてもこれで無抵抗に捕まる事は無くなったわけね。捕まってくれた子に感謝、かしら」
我が身を外界から閉ざしてくれていた木々の隙間から飛び出した。


俺は捕まえた二人と作戦会議を開始した。
「残るは五人、いずれ劣らぬ豪傑なんだけど、何か隙はあるかな?」
俺の問いに朱里は小さく頷き、
「そうですね。策と言うほどの事ではないんですが、今の状況からいくと、私とご主人様では皆さんに太刀打ちできませんので
私たちは探す事に専念して見つけたら大声で報告。その後貂蝉さんに追跡してもらう。
という事ぐらいしかできないんじゃないでしょうか?」
俺は朱里の考えに頷き、
「やっぱそれしかないよな。まぁ、そういうわけだ、宜しく頼むな、貂蝉」
「わかったわよ。恋する乙女の邪魔をするのは心苦しいけど、ご主人様のために頑張っちゃうんだから〜♪」
「よし、頼りにしてるぜ。じゃあここからは分かれて行動しよう。・・・・・・っと、その前に」
俺は懐から眼鏡を取り出し朱里に渡した。
「はう、やっぱり付けるんですか?」
「そりゃ罰だしね。嫌かな?」
「嫌というより恥ずかしいです。普段付けないからどうなるかわからないし」
「朱里ならきっと似合うよ。・・・っと」
恐る恐る眼鏡を付けると上目遣いで俺を見て、
「どうですか?似合ってますか?」
うを〜、何だこの萌え動物。
思わず手が伸びて頭を撫で撫で。
「朱里はやっぱり可愛いなー」
「そ、そそそうですか?ありがとうございます。・・・、では他の人を探してきますね」
そういうと足早にその場から逃げるように走っていった。
「俺もいくかな。貂蝉、何かあったらよろしく」
「任せてよ、ばっちりみんなの心と体を掴んじゃうんだから」
また俺達は行動を開始した。
・・・・・・。
・・・・。
・・。



朱里はみんなの行動を分析しながら歩いていた。
「愛紗さんは警戒心が強いからこちらから不用意に近づいてもすぐ察知して逃げちゃうだろうな。
鈴々ちゃんと翠さんは結構分かりやすいところにいそうな気がするんだけど。
やっぱり星さんと紫苑さんは難しいかな。紫苑さんのほうがまだ対処しようがあるだろうけど、
星さんには対応が追いつかないな。」
可愛く呻りながら歩いていくといつの間にか場内の渡り廊下に出ていた。
朱里は思考を止め、一度立ち止まり辺りを注意深く眺めた。
さりとてかわったっものはなく、立ち去ろうとするその時、どこかから喧嘩するような声が聞こえてきた。
いつもなら気づかないような音量だったが、みなが息を潜めている中であるからこその出来事だった。
朱里は恐る恐る声したほうへ小さく屈みながら向かった。
ゆっくりと腰を上げ、木々の壁の隙間から覗くとそこには、周りの木には全く触れずに互いを牽制し合う鈴々と翠がいた。
朱里は急いで身を屈め、二人には見えない位置に移動して聞き耳を立てた。
「・・・・・・もう行ったか?」
「もう姿が見えないからたぶん行ったのだ。まったく、翠が声出すからばれるところだったのだ。
翠のおたんこなすー」
「なにー、元はと言えば鈴々がいきなり同じところに来るのがいけないんじゃないか!」
「鈴々がどこに隠れようと鈴々の勝手なのだ。こうなったのは鈴々の所為じゃなくていきなり現れた朱里がいけないのだ」
どうやらとっさに隠れた事でばれてはいないらしい。
安堵と共に朱里は再び思考を開始した。
(ばれなくてよかったです。・・・あの二人は偶然一緒になったようですね。それなら二人一緒に捕らえる事ができそうです)
大きく息を吸い、もてる限り、最大級の音量で叫んだ。
「・・・・・・、みぃつけた〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!」
同時に二人が振り向き、朱里を視界に捕らえ、表情が驚愕から安堵に変わった。
「なんだ、朱里かよ。それなら見つかっても逃げられるな」
「ビックリしたのだ」
軽口をたたく二人は、この瞬間にここに残ったことで勝敗が決した。
ドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!!
地響きと共に現れた筋肉ダル・・・、貂蝉は戦車の如く木々をなぎ倒しながら現れ・・・・・・、
『・・・・・・・。・・・・・・うわぁぁぁぁぁ!!!!』
呆気に取られていた二人は恐れの叫びをあげながら逃げる事叶わず、あっさり捕まってしまった。
貂蝉は朱里にウインクを飛ばしながら、
「すごいわ、朱里ちゃん。一気に二人も見つけるなんて」
朱里のほうは褒められ照れながら、
「えへへ、運がよかったです♪」
鬼二人は上機嫌に一刀の元へ向かった。
一方、その後ろを歩く二人は非難轟々であった。
「ずりーよなー。貂蝉なんてどう足掻いたって逃げられるわけないじゃん」
翠は大よそ一国の将の台詞とは思えない諦めの言葉を呟き、
「そーなのだ。油断させたところに貂蝉が出てくるなんてどう考えてもひどいのだ」
鈴々は口をへの字にしながらふてくされていた。
いつまでも機嫌が直らない二人に貂蝉が、
「二人とも、今回は朱里ちゃんを侮った慢心と朱里ちゃんの策が原因よ。
朱里ちゃんは二人の油断も計算に入れて我が身を二人に晒したんだもの」
「むぅ」
「うーん」
「むくれるのもわかるけど、これで終わりじゃないんだし、
こうなったら残りの人を捕まえる事に専念なさいよ。そのほうがご主人様も喜んでくれる・は・ず・よ」
「うー、わかったのだ」
「しょーがねーなー、こうなったら全員あたしが見つけてご主人様に喜んでもらうとすっか!」
「その意気ですよ、頑張りましょう!」
・・・・・・。
・・・・。
・・。



銅鑼がまた、今度は二度、大きな音を場内に響かせた。
俺は朱里と貂蝉、そしてその二人が捕まえてきた翠と鈴々を見て、
「朱里、ご苦労様。まさか二人同時に捕まえてくれるとは思ってもみなかったよ。我が軍の軍師殿はやっぱりすごいな。
翠と鈴々はこれから残りの人の探索よろしくね」
「えへへ、ありがとうございます」
「任せてくれよ」
「まかせるのだー」
三人それぞれ思い思いの返答をし、
「あら、ご主人様、私に対しての労いの言葉はなし?すっごく頑張っちゃったのに〜」
貂蝉はぶりっ子みたいに両手を胸の前で振った。
「あぁ、貂蝉、お疲れ様。その動きは気持ち悪いからやめてくれ」
俺は懐から眼鏡を取り出し、
「はい、二人ともよろしくね。・・・・・・、さて朱里、これからどうしようか。まだ時間的には余裕があるけど」
「そうですねー、一気にこちらの軍勢の数が増えた事ですし、この際二人組で行動するのはどうでしょう。
残りの皆さんはいずれも一筋縄ではいきませんし、二対一のほうが捕まえられる確立は高くなりますから」
胸を張って答えた朱里に感謝を示し、ついで質問した。
「どういう風に分ければいいかな?」
「そうですねー、ここは、私と翠さん、ご主人様と鈴々ちゃん、貂蝉さんには一人で遊撃してもらおうかと思います」
「了解。じゃあみんな、あと三人、なんとしても捕まえよう!」
『おー!!』
・・・・・・。
・・・・。
・・。



廊下を歩いていた愛紗は、曲がり角の向こうから人の気配がするのを感じ、近くの部屋に飛び込んだ。
(この歩き方、ご主人様か。申し訳ないがご主人様なら例え見つかっても大丈夫であろうが、
敵も増えてきた事だし、足音が遠のくまでこの部屋で待機するか)
・・・。

しばらくして足音が聞こえなくなると、静かに扉を開けて廊下の様子を確認した。
誰もいないことを確認すると、一刀が通り過ぎたのとは反対の方向に進んでいった。
曲がり角付近に来た途端、
「愛紗、覚悟なのだー!!」
ものすごいスピードで鈴々が曲がり角から飛び出してきた。
「鈴々っ!?」
愛紗は急いで身を翻し、元来た道を走ろうとした時、いきなり目の前に一刀が現れていた。
「!!??」
今度こそ追い詰められ、頭が混乱した愛紗は為す術なく一刀に捕まえられてしまった。
・・・。

「ご主人様、一体どんな奇術を使ったんです?」
考え込んでいる愛紗は結論が見出せず、俺に聞いてきた。
その様子を楽しそうに見ていた俺は人差し指を突き出して軽く振り、
「簡単な事だよ。ここの通りの部屋は外から廊下の様子が少しだけど見えるんだ。
だから庭でこの廊下を誰か通るまで待って、来たら足の遅い俺が行って来た人を部屋に閉じ込める役、
鈴々は部屋から出てきた人をわざと大きな音を立てて足止め、転進させるように仕向ける役ってわけ。
足音を途中でわざと少しづつ小さくしていって遠くに行ったようにみせかけて近くの部屋に忍び込んで、
鈴々に合わせて部屋を飛び出たんだよ。鈴々に大きな音を立ててもらったのは俺の隠れ蓑になってもらう為ね」
感動したように、いや、本当に感動しながら愛紗は何度も頷き、
「なるほど。これは感服致しました。この策はご主人様自ら御発案なさったのでしょう?
さすが我がご主人様です、この度の御成長振りとくと拝見させて頂きました。この勝負私の完敗です」
その言葉を聞いた俺は顔を綻ばせながら鈴々と両手を合わせて喜び合った。
・・・・・・。
・・・・。
・・。



「せーのっ・・・!!」
ゴ〜〜〜〜〜ンッ
大きな音を立て、晴れて六度目の銅鑼が鳴った。
「さて、忘れないうちにこれを渡しておこうかな〜♪」
「うっ、やっぱり覚えておいででしたか」
手渡された眼鏡を見つめながら、やがて意を決したように勢いよく眼鏡を装着した。
「あの・・・、どっどうでしょうか?」
「うん、凄く似合ってるよ。このまま押し倒したくなるくらい」
はっ、背後から殺気が!?
「う〜〜〜、鈴々にはそんなこと一言も言ってくれなかったのだ〜〜」
「あぁ、もちろん鈴々もすごく可愛いよ。さっきはみんないて言えなかっただけ」
「うをっっほん、さて、さっさと行きますよ。時間は限られているのですから」
今度は愛紗がご機嫌斜めになってしまった。
こちらを立てばあちらが立たず、どうしよう・・・。
・・・・・・。
・・・・。
・・。



その頃、翠、朱里組は玉座の間に来ていた。
「なぁ、朱里。ここも粗方調べたし、そろそろ他のところ行こうぜ」
「もうちょっと待ってください。もしかしたら誰かいた痕跡があるかも知れないんです」
「そうは言ってもなー。もう後半刻きってるんだぜ。急がなきゃまずい・・・」
「ふぇ?どうしふぎゃぁ」
突然翠に口を押さえられ隅っこまで連れて行かれてしまった。
(どうしたんですか、突然)
(誰かが近づいてくる気配がしたんだ。しかも身を隠しように慎重な動きで近づいてきてる)
(えっ、それじゃまさか)
(あぁ、そのまさかだぜ!朱里。早速中に入った瞬間にとっ捕まえてやる)
(あわわわわわわ、ちょっと待ってください。すぐなんてダメですよ)
(なんでだよ。またとない好機じゃんか)
(部屋に入った瞬間はまだ回りを警戒していますから、警戒を解いて油断したところで一気に捕まえちゃいましょう)
(なるほど、さっすが朱里。じゃあとりあえずこのままか)
(はい)
二人の会話が終わるか否かという時に、件の人物、紫苑が入ってきた。
いつもの落ち着いた様子で辺りを見回し、ひとしきり確認して小さなため息をついた。
「ふぅ、やっぱりこういう勝負は楽しいけど神経が疲れるわね。若い子は平気なんだろうけど」
慌てて口に手を当て、
「あらいやだ。まだ私も若いのにね」
上品な笑い方で誤魔化した。
そんな光景を影から見ている二人は、
(なぁ、朱里。もうそろそろいいんじゃないか?)
(そうですねー、あとちょっと待ってください。もう少し隙が大きくなってから)
(うぅぅぅ、あたしは待ちきれねぇ、すまないがいくぞ、朱里!)
(ええぇぇぇ!?)
そういうと翠はいかずちのように駆け出し、
「もらったーっ!!!!!」
翠の伸ばした手はぎりぎりで気づいた紫苑の回避運動により、あと半歩分届かなかった。
「あら、翠ちゃん。残念ねぇ♪」
「くそっ!」
翠はがむしゃらになって手を伸ばすも近づいた分引いていく紫苑によって悉くかわされるのであった。
「うがー、当たれー!!」
「ほらほら、翠ちゃん。あと少しよ?」
「あと少しじゃねー!!」
翠の突きにも似た連打を巧みに避ける紫苑は、急に動きを止めた。
いや、正確には止めざるを得なかった。
いつの間にか背後にいた朱里に両手でがっちりと掴まれてしまったために。
そして嬉しそうな、とても眩しい笑顔を紫苑に向け、
「えへへ、紫苑さん、捕まえちゃいました♪」
「やられちゃったわね。これも朱里ちゃんの策?」
「いえ、翠さんが一人で突っ走っちゃたんで、私はお二人の行動を分析して予測地点に先回りしたんです。
普段からよく見てたから、案外簡単に予測できちゃいました」
「まぁそうなの。やっぱり朱里ちゃんを敵に回すと怖いわね」
二人で笑いあっているところに暴走状態の翠が、
「よくやった、朱里!しっかり紫苑を抑えておけよー」
と突っ込んできた。
「うわっひゃぁ」
驚いた朱里は慌てて紫苑の手を離し、二人はそのまま左右に分かれた。
「へっ?」
目標を失った翠は勢いそのまま壁に思いっきり激突し、避けた二人は星が頭の周りを飛ぶ光景を初めて目の当たりにした。
「☆□△○×」
よく分からない言葉を口にしながらその場で倒れてしまう翠であった。
・・・・・・。
・・・・。
・・。



俺のところに来た朱里は何故か翠ではなく紫苑を引き連れていた。
「ご主人様ー、紫苑さんを捕まえちゃいました♪」
「うふふ、捕まっちゃいましたわ」
「おー、ご苦労様、朱里。・・・、翠はどうしたんだ?」
ちょっと言いずらそうに愁巡し、
「え・・・っと、翠さんは救護室に連れて行きました。軽い脳震とうだそうですが、すぐ目を覚ますそうですよ」
「?何があったんだ?怪我でもしちゃったんじゃないか?」
「外傷はそんなにないですし、なにがあったかは翠さんの名誉のために話せません」
そういう朱里の横に立つ紫苑をそっと見るといつもの笑顔でそこにいた。
う〜ん、そんなに心配しなくていいのかな?
「じゃあその件はひとまずおいて置いて、紫苑には、はい、これ」
「そうですね、失礼します」
眼鏡を受け取ると静々とそれをつけた。
「よし、それじゃ、銅鑼を鳴らして最後の一人を探しに行こうか」
そう言って銅鑼を準備し始めた。
・・・・・・。
・・・・。
・・。



残り時間、あと五分。
「いね〜!!星はどこに隠れているんだ。星の好きそうなところは全部天井も屋根の上も貯蔵庫も回ったっていうのに」
俺はひとしきり叫ぶとまた場内を走り始めた・・・。

残り時間、あと三分。
「全く、星はどこに行ったのだ。・・・、まさかあやつ、規定を破って門の外側で・・・。
いや、星は立派な武人だ。ご主人様の言いつけをそうやすやすと破るわけがない。
となるといったい、どこに行ったのだ」
思考と共に百面相をしながら探している愛紗は顔を上げ、またゆっくりと探し始めた・・・。

残り時間、あと二分。
「本当に星さんはどこにいったんでしょうか?私がまだ行っていない所といったら・・・、軍の修練場に行ってみましょうか」
考えがまとまった朱里は修練場へと急いだ・・・。

残り時間、あと一分。
「うー、いないのだ。時間もないしここらへんを探して終わりにするのだ」
言うと鈴々は庭を駆けずり回り、周辺を片っ端から探しはじめた・・・。

残り時間、あと三十秒。
「星ちゃんはうまく隠れられたようね。ふふっ、ご主人様を一日借りれるなんて。どんな事をお願いするのかしら」
星のことを考える紫苑はそのまま終了の合図である銅鑼の音を待った・・・。

残り時間、あと十秒。
「いてて、ちくしょう。ひどい目にあったぜ。・・・・・・ん?隣の寝床から人の寝息が聞こえるな。
全く、こっちはこんな目にあってるって言うのにのんきに寝やがって。恋か?
まあいいや、もうすぐ夕餉だし起こしてやれ・・・」
寝床を区切る敷居をどかすと、
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁっぁっぁぁぁあぁぁあぁっぁぁぁぁ!!!!!!!!!???????」
ご〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!
終了を告げる銅鑼の音が鳴り響く中、その寝床にいた人物がゆっくりと起き上がった。
「んっ、よく寝たな。もう夕餉の時間ではないか。早く行かねばメンマ大盛りの融通を利かしてくれぬかも・・・。
・・・っっと、どうした翠、そんなとこにほけーっと立って」
「せせせせ星、あんたなんでこんなところで寝てるんだよっ?」
「何を慌てている。たまにはこういうのもいいかと思ってな。そういう翠こそどうした、眼鏡なんぞしおって。
・・・・・・んっ、眼鏡?」
まだ思考がはっきりしていないのか、しばらく考えた後、手をうち、
「あぁ、そういえば鬼ごっこをしている最中であったな。して、勝者は誰になったのだ?」
「・・・・・・・・・・・」
「おい翠、聞いておるのか?」
硬直したままの翠に向かって、怪訝そうに眉をひそめていると、救護室の扉が開いた。
「お〜い、翠ー。怪我したって聞いたけど具合はどうだ?平気・・・」
「おぉ、主。実は翠のやつが突然動かなくなってしま・・・。主、どうしたのだ?主まで」
翠に引き続き、一刀まで固まった。
先に元の状態に戻った一刀が震える声で尋ねた。
「・・・・・・、星、お前、ここでなにやってるんだ?」
「ふむ、やっと記憶が安定してきましたぞ。確か、鬼ごっこが開始されてすぐ、この寝床に潜り込んだのですが、
そうしている内、ここ連日の過労の疲れが出たのかついうとうとと・・・。
それで主、もう鬼ごっこは終わってしまわれたのであろう?勝者は結局・・・」
そこで星は先ほどの一刀とい今もまだ固まっている翠の顔を交互に見、
「ほぅ。もしかして、最後まで捕まらなかったのは私だけなのですかな?
ふふふ、それは行幸。まさに果報は寝て待て、というやつですな。
それでは主よ。後日、丸一日お付き合い願おうぞ」
心底嬉しそうに言う星の目の前で、
「・・・・・・なっ、ななな納得以下ね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
翠の心からの叫びが城中に響き渡った。


Fin