蜀には名物が幾つかある。
 君主たる一刀が善政を敷いているため、多くの人々・商人が入ってくるので、ある意味では当然と言えば当然だ。
 例えば異国の地から運び込まれた酒、食べ物、装飾品。
 そういった平凡な名物の他に、ちょっと他ではお目にかかれないような名物も存在する。

 まず筆頭に、時々政務を放り出してくる(と既に正しく認識されている)、君主・北郷一刀。
 馴れ馴れしくしても全く怒らず、むしろ市民に自分から混ざりに来る、ある意味危機感の足りない君主だ。
 驕らない性格や気安さも合間って、市民の皆様から愛され続けている。
 威厳が無いのも事実だが。

 次に、いつの間にやらこの街に住み着いていたのか、筋肉モリモリ、漢気とヲトメゴコロに溢れる、ほぼ素っ裸の怪人・貂蝉。
 最初はその奇怪な姿に、市民達は悲鳴さえ上げていたのだが…既に慣れてしまったらしく、今では色々な事の相談役にさえなっているようだ。
 一刀とも親しいとあって、彼女を通じて嘆願を届けようとする者まで居る始末だ。
 加えて、貂蝉を慕う同じ趣味(?)の仲間も居ると来た。
 いいヒトではあるが、あまり近付きたくない。

 続いて、時々街に現れては、喧嘩や騒動に首を突っ込む華蝶仮面。
 最近は2号3号まで現れていて、幼い子供達に大人気。
 1号は最近姿を見なくなったが、どうせすぐに復活する。
 今後は更なる増殖を期待できる。

 市民達は気付いていないが、敗軍の将…曹操や孫権を初めとした、一国のトップが割と気安くウロウロしているのも、充分な名物と言えよう。

 斯様に様々な名物が渦巻いている一刀のお膝元。
 今日はその名物の一つに密着してみたいと思う。
 …密着と言っても、抱きついたりする事じゃありませんよ?
 できるものなら抱きつきたいけどなッ!





 2本の触手をピコピコ揺らし、時にはワンコも従えて街を歩く。
 漂ってくる匂いに鼻をヒクヒクさせているのは、一見すると不思議美少女、中身は更に不思議な思考回路を持つ、三国一と称された武人・呂布こと恋である。
 今日はセキトを連れていないようだ。
 警邏という訳でもないらしい。

「…………」

 基本的に考え無しな恋には珍しく、何か考え事をしているようだ。
 足取りがあっちにフラフラこっちにフラフラしているのは、多分漂ってくる食べ物の匂いに釣られているのだろう。
 一刀が居れば奢ってもらえる(自覚は無いが、奢らせているが正しい)のだが、今日は一人。
 自分の財布の中を確認しては、首を傾げるを繰り返している。
 珍しい事に、買い食いすらしてない。
 我慢するような仕草を見せて、店に向かおうとする脚を強引に引き剥がす。

 さっきから市場を行ったり来たり。
 これで4往復目である。
 馴染みの点心の店の店主は、さっきから恋が気になって仕方が無い。
 名前も知らない相手だが、よく一刀と一緒に店の儲けに貢献してくれているから、顔は覚えている。
 まさか三国一の猛将だとは思っておらず、大方一刀の奥様候補なんだろう、ぐらいに考えていた。
 いやそれ以上に、幸せそうに食べる様が目に焼きついて仕方ない。
 何と言うか、無邪気な孫にお菓子をあげて、無心に齧り付くのを見て和むお爺ちゃんな気分だ。
 今日もあの食べ様を見れるかな、と期待していた店主にとっては、恋が行ったり来たりするのはある意味生殺しに等しい。
 ついに我慢できなくなって、声をかけた。

「お嬢ちゃん、今日は寄っていかないのかい?」

 ピタリと足を止める恋。
 迷うような…というか、泣きそうな表情で、その場でオタオタする。
 暫し迷うと、身を切るような声で返事をした。

「………用事」

「用事があるのかぃ…なら仕方ねぇな。
 そんじゃ、これはいつもご贔屓にしてくれるお礼だよ。
 旦那によろしくな」

「………ありがと♪」

 人のいい店主は、点心を幾つか包んでくれた。
 礼を言って、例によって例の如くはむはむ。
 それはもう幸せそうな表情である。
 大好きな一刀を『旦那』と言ってくれたのもポイントが高い。
 店主のみならず、その表情を見た通行人達が『萌え』という未知の感覚を覚えてしまったのを、誰が責められようか?
 何たって愛紗ですらも軽く飲み込まれてしまうのだ。
 きっと星とか華淋でも逆らえない。

 恋は点心を頬張りながら、また市場を歩く。
 点心は結構多いので、すぐには無くならない。
 何を探しているのか、真剣な表情で市場に並ぶ品物を眺めている。

「ん? 恋じゃないか。
 何してるんだ?」

「………」

 振り返る恋。
 そこに居たのは、買い物の途中だったのか、篭を持っている翠だった。
 無言の恋だが、翠はそういう彼女との付き合い方にも慣れている。
 相手が一刀でもない限り、この少女は自分からアクションを起こさない。
 だからこちらから踏み込まねばならないのだ。

「美味そうだな。 買い食いか?」

「……(フルフル)」

 違うと主張するが、実際恋は点心を頬張っている。
 確かに買ってはいないのだが。

「じゃ何だ…? ってこら、話している時は相手の顔を見ろ」

 更に話を続けようとする翠だが、恋は全く反応せずに、翠の後ろの店に視線を向けている。
 そこにあるのは、焼き鳥を売っている屋台である。
 翠は溜息をついた。
 近くに食べ物がある以上、恋にまともな反応を期待しても無駄だ。

「…ああ解った解った、ちょっとだけ買ってやる」

「……♪」

 結局、翠も恋には勝てないらしい。
 と言うか、何時ぞやのお茶会で、はむはむする恋は鈴々以外の蜀軍メンバーに全勝している。
 無論、本人に勝った自覚は無いが。
 その時の事を翠も覚えていたのか、またあの恋を見たいという欲求に勝てなかったようだ。

「はむ、はむはむ……はむはむはむはむ」

「それで、何してたんだ?」

「………買い物」

「買い物? 何が要るんだ?」

「…………ご主人様」

「は?」

 ご主人様こと一刀が店に売ってるのか、と思ってしまった翠だが、流石にそれは無い。
 買いたい、と思ってしまったけど、それは封印。
 なら一刀が何かを欲しているのか?

「……誕生日」

「へ? 誕生日? …ご主人様の、か?」

「…………星が、言ってた」

 つまり、恋は一刀の誕生日プレゼントを選んでいるのだろうか?
 星からの情報という時点で、ちょっとばかり信頼性は低いが…。

「そっか…前の恋の誕生日じゃ、沢山食べさせてもらったもんな」

「………おかえし」

 納得だ。
 恋がウロウロしていたのは、どれを誕生日プレゼントにするか迷っていたのだろう。
 恋には充分な給金が出ているのだが、その殆どはセキト達のご飯や、自身の買い食いで消えてしまう。
 多分、今の恋の財布には大した金は残ってないのだろう。
 量が無理なら、最高の一品で勝負するしかない。
 しかし最高の一品とあらば、それなりに値も張る。

「ふぅん…アタシも今月は厳しいから、大した協力はしてやれないけど……ほら」

「…………ありがと」

 焼き鳥を数本。
 冷めると美味しくないのが欠点だが、容器に入れれば暫くは保つだろう。
 恋は一本だけ自分用に確保すると、容器を点心の篭に詰め込んだ。

「じゃ、アタシはこれで」

「………(コクッ)」

 何を慌てているのか、妙にアタフタしながら翠は何処かに行ってしまった。
 恋は少し首を傾げたが、すぐに忘れて散策を開始する。
 どうやら、この焼き鳥屋の味は、恋的には満点を上げられなかったようだ。




 恋と別れ、走る翠。
 その表情には、焦燥が滲み出ていた。

「あ〜、やっばいなぁ…ご主人様も、誕生日ならそう言ってくれればいいのに…。
 今月はもう大した金が無いぞ…誰かに借りる訳にもいかないし…。
 そもそも、何を送ればいいのか…」

 どうやら、恋と同じように一刀に何か贈ろうとしているらしい。
 男の人に贈り物など、やった事も考えた事もない。
 自分が貰って嬉しい物と言えば、強力な槍や馬、後は食い物と酒くらいだ。
 幾ら何でも、色気が無い。
 仮にも男である一刀に対して、髪飾りやら装飾品やらを贈ると言うのも…。
 それに武器や馬は本気で高いのだ。

「うぅ〜、でも贈ろうったって、金がなぁ…。
 …結局、食べ物くらいしか贈れないか…」

 先日高い酒を購入した自分を罵りつつ、翠は恋と同じように市場を散策し始めた。





 その頃の恋。
 今度は警邏をしている愛紗と紫苑にバッタリ。
 食い歩きをしている恋に、反射的にお説教モードに入りかけた愛紗だが、もふもふする姿に撃沈。
 今は何だか悶えている。
 傍から見ると、怪しい人そのものだ。
 更に恋に肉まんまで買い与えて、もう愛紗の恋贔屓は引き返せない辺りまで突入しているらしい。

 それを生暖かい目で眺めつつ、紫苑は恋と世間話の最中だ。
 …と言っても、恋は世間話なんて出来ないから、紫苑が一方的に話しているようなものだが。
 で。

「お誕生日…? ご主人様の?」

「なにっ!? それは本当か、恋!?」

「…………(コクッ)」

 篭の中に確保してある、点心と焼き鳥に手を出しそうになりつつも、恋は二人の相手をする。
 何度も市場を往復して、結局自分ではどれがいいか決められなかった。
 ここは一つ、誰かの参考意見が欲しい。
 ……が、この二人に意見を聞くのは、人選ミスではなかろーか。

「くっ…こ、こうしては居られん…いや、しかし警邏を放り出す訳には…。
 ああっ、しかしもうすぐ昼食時…。
 待て待て、ここは焦って昼食に間に合わせるよりも、夕食を狙って時間をかけて作った方が…」

「あらあら、愛紗ちゃん、お料理が出来るようになってたのねぇ。
 私も璃々と一緒に、何か作ろうかしら」

「………つくる…」

 葛藤している愛紗と、楽しそうな紫苑。
 恋は紫苑の言葉から、気になる事を見つけた。

「………つくれる?」

「ええ、これでも璃々に毎日ご飯を作っているのは私よ。
 ご主人様だって、美味しいって言わせる自身はあるわ」

「…………」

 やりすぎると愛紗ちゃんのお料理が霞むからあんまり派手にはやらないけど、と笑う紫苑。
 恋は少し考える。
 成程、自分で作るという手もあった。
 軍の食料庫を探せば、いい食材が見つかるだろう。
 ……しかし…恋には料理が出来ない。
 仕留めた獲物を丸焼きにするとか、そういう事は出来るが…調味料の使い方など、さっぱり解らない。
 やはり、無理に自分で作ろうとするよりも、美味しい物を買って持っていった方が喜ばれるだろう。
 恋はそう判断する。
 実際の所、一刀は恋が何を持っていっても食べるだろうが……実際、愛紗がチャーハンモドキを持っていっても気合で食い尽くした。
 まぁ、一刀はともかく、一刀の胃袋は買った物を持ってきてくれた方が嬉しいだろうけど。

 それでも、一応聞いてみる事にした。
 今からでも、上手く作れる料理は無いだろうか?

「うーん、そうねぇ……」

 暫し考え込む紫苑。
 味の良し悪しはともかくとして、妙な物を食べさせて一刀に倒れられても困る。
 かと言って、無いと言い切るのも…。

 考え込んでいる紫苑を、じっと見つめる恋。

「…………?」

 …何だか、紫苑の鼻息が荒くなってきた。
 頬も紅潮し、なんかヘンな事を考えているっぽい。
 こういう時、璃々ならすぐに突っ込んでくれるのだが、彼女はお城で鈴々と遊んでいる。

「あるわよ〜、美味しく作れるお料理が」

「………(期待の眼差し)」

「もう作ってあるお料理を、別のお料理に使えばいいのよ〜」

「………?」

「だからね…」

 恋の耳元に口を寄せる紫苑。
 くすぐったそうにした恋だが、紫苑の言葉に耳を傾ける。

 ごにょごにょごにょごにょ。

 恋は不思議そうな顔をした。

「……………料理?」

「立派なお料理よ?
 ご主人様も、凄く喜ぶわ」

「……………がんばる」

 素直な恋の頭を撫でる紫苑。
 本当に、この子は癒し系である。

「それじゃ、頑張ってね〜♪
 ほらほら愛紗ちゃん、警邏の続きに行きましょ」

「む!? あ、あぁ、そうだな、ご主人様の事は、ちょっと置いておいて…」

「そうねぇ、今度はあっちの市に行きましょうか」

「なに? そっちは予定とは違うが…」

「同じお料理でも、いい食材を使うと美味しくなるわよ?」

「………いつも同じ道ばかり通っていては、警邏にならんな。
 うん、行こう行こう」

 あっさりと紫苑に丸め込まれる愛紗を、肉まんを咥えたまま見送る恋だった。
 現在、篭の中には点心、焼き鳥、肉まんがそれぞれ複数個。





 その頃の一刀…。
 書類の山に埋もれて、いい塩梅に干乾びている。
 先日、呉が降伏したばかり。
 戦の後始末が死ぬほど面倒くさいのである。
 朱里や詠も手伝ってくれているが、それでも追いつかない。
 書類を処理しても処理しても、金太郎飴よろしく似たような内容の書類しか出てこない。
 机の上に積まれている書類の山も、欠片も減った様子を見せない。
 そりゃー気力も尽きるってもんだろう。
 そろそろ風化して、風に吹かれて消えて行きそうだ。

「ちょっと、仕事してる……ってうわぁ…」

 またも書類を持って来た詠。
 思わず声を上げる程に、一刀のミイラ化は酷かった。
 しかし、詠は慌てず騒がす溜息をつく。

「はぁ…またか……。
 ま、気持は解らなくもないけどね…」

 詠も軍師だった頃は、終わりの見えない書類仕事に昇天しかけた事が何度かある。
 その時の記憶を思い出し、ちょっとばかり同情して手伝いを申し出たのだが…。

「ったく、私達が手伝ってるってのに、本人が勝手に逝ってんじゃないわよ…」

 よっこらしょ、と一刀の体を抱え上げ、何故か部屋の隅に設置してある風呂桶に叩き込んだ。
 バチャン、と水音がする。
 そして上から蓋を被せ、上に置物をして3分。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 ガタガタガタガタガタガタ

「おー、起きた起きた」

「ぬぐわああぁぁぁぁぁ!!!!」

 上の置物をぶっ飛ばし、ビショ濡れの一刀が飛び出してきた。
 溺死でもしかけたのか、かなり涙目だ。

「……っ、はぁ、はぁ、はぁ……ま、また眠っちまったか…」

「ええ、永眠(ねむ)ってたわ」

 げほごほ咳き込みながら、一刀は呼吸を整える。
 ジト目の詠は、手拭を手渡すだけで同情の視線も向けない。
 寝るのが悪いのだ。

「…なぁ、この起こし方どうにかできんか?

「朱里に言えば? まだ怒ってると思うけど」

「ナニモイイマセン」

 実を言うと、この起こし方はブチ切れた朱里が決めた物が。
 いくらストレスが溜まったからと言って、度々脱走する一刀が腹に据えかねたらしい。
 戦が終わったばかりで、一刀の許可を得ねば出来ない仕事ばかりだと言うのに、さっさと逃げ出そうとした一刀。
 結局失敗して連れ戻されたのだが…何ちゅうか、修羅を見た。
 斉天大聖(俗に言う孫悟空・妖怪退治に多大な御利益)ヘルプ、と普通に叫んだ。
 それがまた気に入らなかったらしく、「今度寝たら水桶の中に叩き込む」「逃げ出したら城の石垣から逆さに吊るす」などなど、可愛らしい朱里から出たとは思えない恫喝の数々。
 その恫喝以上に恐ろしいのは、朱里の表情だったそうな。
 以来、多少死に掛けても、一刀は文句を言いつつ仕事をしている。

「やれやれ…っと、そろそろ昼飯だな。
 …メシ、食いに行っても怒らないよな?」

「知らないわよ。 …とは言え、確かに休憩時だって言われてるのよね。
 さっさと胃袋を満たしてきなさい」

「へーい」

 ようやく外の風に触れられる、と骨を鳴らしながら立ち上がる。
 呆れた表情の詠に見送られて、一刀は食堂に向かった。
 本当だったら持ってきてくれるのだが、今は少しでも外の風に触れたい。

「ああ……萌え分が欲しい…」

 ……かなり壊れているようだ。
 癒されたい、という意味だろうが…。

「ご主人様?」

「お? おぉ、月か」

 トテトテ駆け寄ってくるメイド服の少女。
 月は一刀の顔を見上げて、心配そうに表情を歪めた。

「水浸しになって…。
 また眠ってしまったんですか?」

「あっはっは、大した休みにもならなかったヨー」

「そ、そうですか…あの、ご主人様? 何故抱きつくんですか?」

「イヤか?」

「服が濡れるけど、どちらかと言えば嬉し恥かしです」

「じゃあ、もう暫くこうさせてくれ…詠が相手だと、ツンデレ効果は得られても癒し効果が得られんのだ…」

「はぁ…」

 …月と詠をメイド服にしたのは、単なる一刀のエロ根性によるものだったのだろうが…思わぬ所で効果が出ている。
 自分の世話をしてくれる可愛いメイドさんコンビに、一刀は物凄く癒されていた。

「そ、それはそれとして…馬超さんが、ご主人様に用事があったようなのですが」

「翠が?」

 はて、と首を傾げる。
 …怒られる心当たりは無い。
 懲りずに軍の食料を摘み食いしたが、あれは翠のみならず星も共犯だ。
 そして後でこっそり補充しておいた。
 先日、馬達を洗いに行った時にからかいすぎて(半ば以上本心だったが)エロエロ魔神呼ばわりされた挙句、大っキライだーとまで言われたが、あの後自分の発言を思い返して不安になったらしく、チラチラ顔色を窺ってきたのでエロエロ魔神の本領を発揮、散々愛でて喜ばせた…うむ、問題ない。
 じゃあ、前の宴会の時、飲みすぎてあっちの世界に行った翠を締め落とした事か?
 でも翠は、アレは星の仕業だと思っている。
 ならば、珍しく翠が求めてきた時に、悪乗りしすぎて失神するまで羞恥プレイに励んだ事か?
 ……根に持っていそうだが、翌日殺されかけた事で一応の解決を見た。
 こっそり『後ろ』も狙っている事か?
 実行するまでもなく、バレたら即殺されそうだがバレてない…多分。

「…なんだろ」

「手に食べ物を持っていましたが」

「? 一緒に食べよう、とかかな…翠にしては積極的な」

「とにかく、行ってみてください。 まだ食堂に居るはずですから」





「おーい、翠?」

「え!? あ、ご、ご主人様…」

「……」

 食堂に来てみると翠の他に、何故か翠を睨みつける朱里。
 朱里がこんな表情をするのは珍しい。
 相手が一刀ならば、最近は遠慮せずに表情を出すようになったが…翠を見る視線は、犯罪者を発見しようとする警察官の視線だ。
 翠は少しだけ逡巡したが、朱里を置き去りにして一刀に接近。

「あ!」

「ど、どうしたんだ翠?」

「これっ!」

「へ?」

 真っ赤になりながら、翠は一刀に向かって手に持っていた饅頭を差し出した。
 かなり意味不明だ。

「くれるのか?」

「じゃ、アタシはそういう事でッ!」

 問いかけに答えを返そうともせず、猛ダッシュ。
 朱里と一刀から逃げるように姿を消す。
 手の中の、まだ暖かい饅頭を見て一刀は首をかしげた。

「…朱里、これって何事?」

「…知りません!」

「?」

 何か拗ねているようだ。
 翠の言動も解らないが、朱里も同じくらい解らない。
 あんまりベタベタしているようなら朱里もヤキモチを妬くが、饅頭を貰った程度で妬くとも思えない。

 どーなってんだと首を捻りながら、貰った饅頭を食べる。
 …美味い。
 何処で買ってきたのだろうか。
 今度、デートがてら教えてもらおうかと考える。
 その隣で、朱里が真剣な表情で何かブツブツ言っていた。

(迂闊でした…今日がご主人様の誕生日だったなんて…。
 色気もヘッタクレもない翠さんだったから良かったものの、紫苑さんや星さん辺りだと何を企むか…。
 噂に聡いあの二人の事、もうとっくに聞き及んでいるのでしょうね。
 二人を同時に妨害するのは不可能ですし…ここは私も、同じように贈り物を…)

「おーい、朱里ー?」

「ご主人様!」

「ひゃい!?」

 考え込んでいたかと思うと、突然キッと一刀を睨みつける。
 その気迫は、何となくだが稽古中の愛紗達に通じるモノがあった。

「申し訳ありませんが、今日の午後は私用で留守にさせていただきますので」

「私用…って、朱里が居ないと仕事が滞るんだけど。
 先日戦が終わったばかりで大変なのは、朱里の方がよく解ってるだろ?
 俺を水桶にブチ込むくらいに」

「う、その件に関しては、ちょっとやりすぎたかなと思いましたが…。
 私の仕事そのものは、ほぼ終わっています。
 以前より力を入れていた、人材育成の効果がようやく表れてきましたので…
 ある程度はそちらに任せ、私は後で確認しているんです」

「…そうだったのか?」

「はい。
 まだまだ及第点程度ですが、もう少し重要な仕事を任せてもいいくらいになってきたんです」

「ふ、ん…?
 わかった。
 でも、なるべく早く帰ってきてくれよ?」

「はい、遅くても夕餉までには帰りますので」

 人材育成の効果について思いを巡らせる一刀。
 朱里はその一刀にペコリと頭を下げて、足早に去って行く。
 一刀はそれを見送って、『そろそろ抜け出そうかな〜、でもバレたら起こし方がグレードアップしそうだしな〜』などと悩んでいた。

 急いで帰ってきた愛紗が、饅頭を昼飯代わりに食べている一刀を見て肩を落としたのは別の話。
 その後、いい食材を選ぶ為に紫苑と街に繰り出す運びとなったようだ。





 さて、こちらは恋。
 あれから何があったのか、手に持っている篭の大きさは3倍くらいになり、入っている食べ物も随分と増えた。
 各種点心、饅頭、焼き鳥、果物、肉まん、魚、生肉、酒…あとよく解らない物体が幾つか。
 その全てを少しばかり味見した恋だが、どれもピンと来ない。
 美味い事は美味いのだ。
 今日一日で、隠れた名店も幾つか発見した。
 ただ…。

(…………一味、足りない気がする…)

 その一味が何なのか、どうにも恋は理解できない。
 まぁ、なーんとなく予想は出来ているのだ。
 一刀が居ない。
 一刀に限らず、一緒に食事をするセキト達や、時々同席する愛紗等も居ない。
 以前なら、それでも充分満足していただろうが…今では一人での食事が味気なく感じるようになっていた。

 それだけではなく、ちょっとでも良い物を贈ろうと高望みした結果、もう少し、もう少しと欲張ってしまう訳だ。

「あら、呂布じゃないの。
 こんな所で何をしてるのかしら?」

 呼びかけられて振り返る。
 今日で何度目だろうか。
 市場をウロウロしている間に、覚えているだけでも7回はこうして声をかけられた。
 そして、その後の展開もほぼ同じ。

「はむ、はむ、はむはむはむ」

「……う…」

「華淋様?」

 饅頭を頬張りながら、恋は華淋に顔を向けた。
 髑髏型の、少々趣味の悪い髪留めを付けている華淋は、外見からは想像も出来ないくらいに多才で豪胆だ。
 少々困った性癖を持っているが、それは個人の自由だし。

 その華淋が、恋に見つめられるだけで思わず怯んでしまう。
 春蘭が訝しげに華淋の顔を覗き込む。
 恋に対して警戒が無くもないのだが、流石に突然突っかかるような真似はしない。 

「華淋様、これを」

「あ、ありがとう…」

 秋蘭が布を差し出した。
 鼻を押さえていた華淋は、垂れそうになっていた赤い液体を拭った。

「きょ、強烈…」

「…華淋様、またですか…?」

「い、いや秋蘭、今回ばかりは私も…」

「はむ、はむ、はむはむはむ」

 最近になって色々と楽しみを見出している華淋。
 彼女の人生の楽しみに、“萌え”という崇高なテーマが確定した瞬間であったそーな。
 普段ならヤキモチを妬くであろう春蘭も、恋から流れ出る圧倒的な癒し系オーラに圧倒されたか、しっとパワーも起きないらしい。

 そして、無言でじーっと華淋を見つめる恋。
 ……どうやら、恋は要らん事を学習してしまったようである。
 理由は解らないが、自分が無心にご飯を食べながら知人を見つめると、その人は近くにある何かを奢ってくれるのだ。

「はむ、はむ、はむはむはむ」

「ううっ…」
「あ、あぁぁぁ…!」
「くっ、何なのこの意味不明な感覚は…?!
 うぅ〜〜……わ、わかったわよ、奢ればいいんでしょ驕れば!」

「はむ、はむ、はむはむはむ」

 …恋、またも白星。
 このようにして、篭の中の食べ物は増殖していったのであった。
 一応明記しておくが、恋は深い考えがあって華淋を見つめていたのではない。
 単に「そうなるといいかも」程度の事である。





「なに? ご主人様の誕生日?」

「そう」

「成程…さっきから張遼やら関羽やら黄忠やらが妙に楽しげに市場を歩き回っていたのはその為か」

 近くにあった茶屋に入り込み、恋が何をしていたのか聞きだした秋蘭。
 春蘭、華淋も聞き耳を立てている。
 普段の華淋は、こういう所に来ると味に酷評を下し、そして自分で作って見せて白星というパターンを確立しつつあるのだが、今日はそれも無い。
 この店にとっては、大いに助かる事である。

「うーむ…ここは一つ、私達も何か贈るべきか…?
 しかし、あの男が贈られて喜ぶ物となると…」

「…ちょっと想像もつかんな。
 思考回路が、我々とは何処か違う男だしな」

 妙に真剣に話す秋蘭と春蘭を後でからかってやろうと誓い、自身も一刀に何か贈ろうかと考え始めた。
 別に何も贈らなくても気にするような男ではないが、他の連中だけ好感度が上がるのも気に入らない。

「べ、別にアンタの事が気になるから贈るんじゃないんだからね!」

「……華淋様、なんですかその…言葉の裏を見透かせと言わんばかりの独り言は」

「…気にしないで。
 ちょっと頭に閃いた言葉を言ってみただけだから」

「はぁ…」

 何百年か先の時代の流行を先取りした女、華淋。
 一刀に向かって同じ言葉を吐くべきか、とてもとても迷っていた。
 まぁそれはいいとして、実際何を贈ったものか。

「秋蘭、確か関羽と黄忠は食べ物を贈ろうとしていたのよね?」

「覗き込んでいる店を見るに、恐らく。
 また、他の将…例えば馬錦も食べ物だと推測されます。
 本人に艶のある思考が出来るとは思えませんし、何より給料日前は誰でも懐が寂しいものです…」

「…切実だな、秋蘭…」

「…私の懐が寂しいのは、どちらかと言うとお前が金を返さないからだが」

「うっ…」

 どうやら春蘭は秋蘭に借金を重ねているらしい。
 大方、給料を貰った頃には『財布の紐を締めねば』と反省するのだが、その単純な性格ゆえに行商人の舌先によく騙され、ふと気付けば懐が寂しい事に…なんて事を繰り返しているのだろう。
 華淋に呆れた目を向けられて、秋蘭を恨めしく見る。
 が、金を返してない以上、どうしたって強く出られる筈が無い。

「ま、確かにそうね。
 そもそも、ここの軍には雅ってものを理解する人材が極端に少ないしね…」

「………みやび?」

「いいから食べてなさい」

「はむ、はむ、はむはむはむ」

 首を傾げた恋だが、すぐに食事に戻る。
 ちょっと落ち込んでいたり苛立っていたりした春蘭・秋蘭の視線が釘付けになる。
 ああ、癒される…。

「という事は、他の連中も食べ物を贈ると…。
 くぅ、こうしては居られん!」

「落ち着け春蘭。
 お前、料理なんぞした事無いだろう」

「…なら、自腹を切って「財布の中身を確認しろ。 私は貸さないぞ」…あうぅ…」

 戦場だったら剛勇無双、私生活では意外とダメダメさん。
 そのギャップがイイという声があちこちから…。

「ふぅん…。
 感謝するわ、呂布。
 代わりと言ってはなんだけど、多少のお土産なら持たせてもいいわよ」

「……(コクッ)」

 この発言を、華淋はかなり後悔する事になる。
 恋の食欲を甘く見ていた。
 まさか財布の7割近くを食い尽くすとは…。

「………見栄えのいい服でも贈ろうかと思ったのだけど…。
 アイツ、いつも同じ服しか着てないし…。
 そもそも洗濯してるのかしら?」

 それは殆どのキャラも同じだけどな。
 まぁ、彼女達は同じような服を何着も持っているのかもしれないが。

「はぁ……どうせ食べ物を贈られまくるに決まっているし…。
 仕方ない、胃薬でも買って持っていってあげましょ…」

 ある意味、一番好感度が上がる選択かもしれないが…何か負けた気がする華淋だった。








 その頃の一刀…。
 翠から貰った饅頭を美味しく食べ終わり、既に執務に戻っている。
 正直、面倒くさくて放り出したいのだが。

「…で、馬錦将軍から饅頭を貰って、その後更に許緒から果実、孫尚香からお酒、月からは上等なお茶を貰ったと?」

「ああ。
 物凄く美味かったぞ。
 幾らしたんだろうな…?
 正直、腹一杯で眠い…」

「ついでに、何故か関羽将軍に睨みつけられ、二僑にはヒソヒソ話をされながら観察され、でもって諸葛亮は突然政務を放り出す。
 ……何かあったのかしらね?」

「どうだろう…特にイベントは思いつかないんだけどなぁ…」

「いべんと?」

「いやいや、気にするな。
 特に食べ物を貰うような理由や切欠は思い当たらないって事だから」

 眠そうな一刀を、水をたっぷり入れてある瓶を指差して覚醒させながらも詠は首を捻る。
 確かに一刀は臣下のみならず領民・捕虜からも不必要なくらいに好かれているが、理由もなく贈り物をされる程でもない。
 一体何が起きているのやら。

 貰った食べ物は、饅頭と茶はその場で昼飯にと食い尽くし、流石に政務の最中に酒はまずいのでテイクアウトしている。
 棚の上に置かれた酒を手に取り、詠は眉を潜める。
 えらい高級品だ。

(酒を渡したのは、呉の重鎮か…。
 貯蓄はあるから、これくらいの高級品を買えてもおかしくは無いわね。
 しかし…何のためにこんな物を…。
 ご機嫌取りでもなさそうだし、今更コイツを毒殺するとも思えないし…)

 蓋を開けて、ちょっと匂いを嗅いでみる。
 立派な入れ物に恥じないだけの、芳醇な香りが鼻をくすぐる。
 思わずグビリと喉を鳴らすが、今は仕事の最中だ。
 それに、一刀に贈られた品を勝手に飲む訳にもいくまい。

「月は何か言ってたかしら?」

「いや?
 ただ、いつもより美味いって言ったらニコニコしてたけど」

 それは別に不思議ではない。
 かなり気に入らない事だが、月は一刀を強く慕っているから、褒められれば素直に嬉しいだろう…特殊な褒められ方でなければ。

(理由は解らないけど…みんな物を贈ってるのは確かだし。
 これ以上続くようなら、私も便乗しようかしら?
 流されるようで気に入らないけど、差をつけられるのも癪だし)

 みんな食べ物ばかり贈っているし、ここは別の物で意表を突くべきか?
 しかし、何故そんな物をくれるのか、と言われるとひどく誤魔化しにくい。
 その点、食べ物ならば「ついで」「余った」の一言で片付けられる。
 だが、それでは他の贈り物に埋没してしまうのも事実。

(…考えてみれば、政務の途中の休憩で買いにいける物なんて…たかが知れてるじゃない)

 いっそ食料庫から何か上等な物を持ち出す、という手もあるのだが、軍師としての矜持や良心がそれを許さない。
 そもそも食料庫の中からいい物を見つけ出すのは至難の業だ。
 十把一絡げで買っているので、当たり外れが無い。

(…結局、食べ物を渡すしかないって事か…)

 内心で溜息をつく詠だった。






 さて、再び視点は変わって恋。
 華淋達とも別れ、再び市場を散策している。
 正直、恋はちょっと焦っている。
 中々コレといった物が見つからない。
 自分のお腹が膨れてきたのはいい事だが、満腹になってしまっては味見も出来ない。

 今でも篭の中には結構な量の食べ物があるのだが、やはり目玉となる一品が欲しい。
 本当なら一刀を連れ出し、普段の礼も兼ねて何か食べさせようと思っていたのだが…。

(仕事している間は、駄目…)

 恋にもそれくらいの分別はついている…ちと不安だが。
 一刀の迷惑になるような事は、出来れば避けたい。
 ならば、と恋にしては珍しくイタズラ心を出し、突然贈り物をして驚かせようと思った。
 のだが、このままではどうにも決まりそうにない。
 ここは一つ、誰かに相談するべきだろうか?
 しかし誰にすべきだろう?

 恋の交友関係は、お世辞にも広いとは言えない。
 犬やら猫やら鳥やらには広いが、彼らに相談しても言語が理解できない。
 雰囲気は解るが、具体的な助言など貰えそうにない。
 ついでに言うと、彼らの好みはえらく偏っているので、人間相手のプレゼントを選ばせるのは止めておいたほうがよかろう。
 いくら一刀でも、鳥の餌を贈られたら悩むだろう、色々と。

 恋が相談を持ちかける程に気を許している存在など、当の一刀と、愛紗、鈴々、朱里、翠、紫苑、そして星くらいだ。
 しかし彼女達は何処に居るのか解らない。
 朱里は一刀の傍で政務をしているだろうが、他は警邏か私用でウロウロしているだろう。
 特に星の行動パターンは、常人(恋が常人かと言うツッコミは不可)にはとても予想できない。
 何時ぞや、「お前が秘密兵器の4号だ」と渡された蝶の仮面は何だったのだろう?
 いずれにせよ、こういう相談事に適している人選とは言い難い。
 頭のいい朱里も、一刀の事となると我を忘れる傾向があるし、鈴々なんぞ食い物なら何でもいい、の一言で終わらせそうだ。
 紫苑は助言をくれるかもしれないが、それはある意味非常に危険である。
 実際、彼女は恋に無茶な事を吹き込んでくれた…吹き込まれた恋に自覚は無いが。

 途方にくれる恋。
 普段人付き合いを蔑ろ…というかかなり放り投げていたツケが、こんな形で回ってくるとは。

 その時、後ろから声が掛けられた。

「む…もしや、呂布か?」

「?」

 名前を呼ばれ振り返る恋。
 そこに居たのは、見覚えがあるような無いような、何か派手な飾りを頭に載せた女性だった。
 その隣には、警戒心バリバリの護衛らしき女性が連れ添っている。
 護衛の殺気に当てられ、反射的に恋は戦闘態勢に入った。
 自然体だが、獣の如き圧力がその身から放射され始める。
 が。

「思春、やめろ」

「しかし…」

「いいからやめろ。
 彼女はこちらから害を加えない限り、温厚な性格だそうだ。
 …正直、信じられなかったがな」

 思春とやらの殺気は、戸惑いながらも収められた。
 恋も警戒しながらも、通常態勢に戻る。

「温厚ではあっても、その気迫は凄まじいな…。
 見ろ、周囲の人が顔を青ざめているではないか」

「……誰?」

 周囲の事など何処吹く風だ。
 苦笑した女性。

「孫権だ。
 先日、北郷軍に合併された呉の領主だよ…元、な」

「………」

 有名らしいが…キッパリ言おう。
 恋は全く知らない。
 興味が無い事は、3秒足らずで忘れる鳥頭だ。

 孫権の方も恋に覚えられているとは思ってなかったらしい。

「それにしても、本当に監視も付けずに呂布が出歩いているとは…。
 一刀は何を考えているのやら」

「何も考えていないのでしょう」

 呆れたような感心したような表情の孫権、それにボソッと答える思春。
 取り合えず恋は頷いておいた。
 一刀は、特に何も考えてないというのは彼女にとっても同意見だったからだ。

 それはともかく。

「……領主」

「ん?」

「…………えらい?」

「えらいものか…国を護れず、臣下の思惑さえも気付けなかった王が…」

 自嘲する孫権。
 しかし恋には理解できなかったらしい。
 彼女とて、王や領主と呼ばれる者が、えらい存在だという事くらい知っている。
 具体的にどうえらいのかは知らないが、少なくとも董卓軍に居た頃は、「えらいひと」が細かい事を考え、恋はそれに従っていた。
 つまり、「えらいひと」は頭がいいのだ。
 ならば…。

「……相談」

「なに?」

「………相談」

「…相談したい事がある、という事か?」

「……(コクッ)」

 孫権は少し考えると、思春に視線をやった。
 好きにしてください、と半ば諦め気味に肩を竦める思春。

「わかった。
 立ち話もなんだ、そこのラーメンでも食べながら話すか。
 一度食べてみたかったしな、屋台のラーメンは」

「…(コクッ)」






 その頃の一刀。

 げふー。

 一刀の口から、期せずしてゲップが漏れる。
 詠が眉を潜めた。

「…下品」

「すまん。
 でも仕方ないだろ…なんで食い物ばっかりかな…?」

 心なしか丸くなっている気がする腹を撫でながら、一刀はボヤいた。
 昼飯時にも、前述したように色々と食べ物を差し入れに貰った。
 腹も膨れたし、さて一丁仕事を続けるか…という運びになったのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 あれから大して間も置かず、次々と差し入れが襲来したのだ。
 まず詠のシュウマイから始まり、大橋の餃子、小橋の蟹玉と続き、霞の自作特製ラーメン(激辛)で致命傷。
 穏の餡饅が駄目押しを入れ、最終的には鈴々が持って来た得体の知れない塊…あれは酷かった。
 一口しか口に入ってないが、物凄い破壊力だった。
 愛紗が初めて作ったチャーハンより酷かった。

「…まぁ、張飛以外のを全部完食して、張飛のアレを一口だけでも食べて無事なのは素直にすごいと思うけどね…」

「ああ…自分で自分を褒めてやりたい気分で一杯だ。
 主に、自分のバカさ加減と若さ加減を…」

「…まぁ、褒めておいてあげるわ…」

 ちょっと回想。
 最初の3人までは、まぁ良かった。
 大量に持ってこられた訳ではないし、視線で『食え』と催促していても、そこまで切羽詰った圧迫感ではない…詠の視線はちょっとキツかったが。
 一刀の事を好いてはいるが、彼女達は愛紗達のように積極的に惚れている訳ではないし、「一緒に食べないか」と言ったらすぐに乗ってきた。

 が、霞のラーメンは…何というか、火を噴きそうだった。
 しかも結構な量を持ってこられたので、食べるだけでも一苦労だ。
 汗だくになり、散々水を飲みながら完食。
 無理せず残そうかと考えたが、霞はどうやら一刀が全て食べるまで納得しなかったようだ。
 曰く、「折角ウチが造ったモンを、残そうなんて考えんよな!?」。
 まぁ冷めたラーメンなんぞ美味い訳もなし、その場で食えという主張もよく解る。
 怒らせると怖いし、ヒィヒィ言いながら食べる一刀だった。

 この辺で、詠の視線が呆れを通り越してアレな人を見る目になり始めていた。

 穏の饅頭は、確かに美味かった。
 美味かったが…メチャクチャ量が多かった。
 個数は常識的なくらいだが、大きさが…。
 どのくらい大きいかと言うと、胸枕を可能とする穏のおっぱいくらい大きい。
 流石に後で食べようと思ったのだが…穏のペースに巻き込まれ、済し崩しに食べていた。
 穏と二人掛りで食べたが、それでも多すぎる。

 この時点で、詠はモノノケを見るような視線を向けていた。
 一刀の胃袋がどうなっているのか、真剣に疑問を抱いたらしい。

 そして穏が帰って、こりゃー無理に仕事をさせると吐きそうね、と思っていた詠。
 突然彼女は悪寒を感じ取った。
 日頃何かと不幸に慣れている彼女をして、本気で戦慄させる程の悪寒。

「わ、私ちょっと行って来るわ!」

「え? おい、何処に…うぷ」

 一人で吐き気と戦っているらしい一刀を置き去りにして、詠は撤退を図る。
 その時。

「あ、詠なのだ」

「ち、張飛…っ!!?」

 思わず引き攣る詠。
 直感で解る、悪寒の原因はコイツだ。
 何故って?
 そんな事、誰だって解る。

 服装が、紫苑から貰ったらしきお嬢様然とした格好なのはいい。
 普段の快活な雰囲気は残っているものの、流石に紫苑が見立てただけあって似合う。
 …精神年齢のためか、幼稚園児っぽく見られてしまうのが難点だが。
 それよりも問題なのは…。

「ち、張飛…その手に持ってるのは…いや、言わなくていい!
 言わなくてもいいわ、アンタが何のつもりで持ってるのかは解るから!
 でも、ああっ、認めたくなーーい!」

「…ヘンな詠なのだ」

 壁に向かってゴツゴツ頭突きを繰り返す詠を、不思議そうに見る鈴々。
 が、すぐに気を取り直して歩き出した。
 詠はどうやら自分に用事があるのではないようだし、さっさと行かねば料理が冷めてしまう。

「えへへー、鈴々特製なーのだー!」

 …せめて味見はしようね、鈴々…いや、したら普通に死にそうだけど。
 誰か一人でも、マトモな人が一緒に居てくれれば止めただろうに…一刀にとっては災難な事に、鈴々を止められる人材は全て出払っていたようだ。
 大方、一刀の誕生日だという事を聞きつけて、自分も何か贈り物をと街に繰り出していたのだろう。

 廊下に響く頭突きの音をサラっと無視して、鈴々は一刀の部屋のドアをノックする。

「開いてるよー。
 今度は誰だ?」

「むむむ!?」

 今度は誰だ、ときたか。
 つまり、自分より先に何人かが一刀に贈り物に来たという事だ。
 負けない、と闘志を燃やしつつ、鈴々は一刀の部屋に入る。
 鈴々が…否、鈴々の手の中にある物体が目に入った瞬間引き攣ったような表情を浮かべたが、浮かれている鈴々は気付かない。

「お兄ちゃん、贈り物なのだー♪」

「お、贈り物って何で…」

「? 今日は誕生日なんじゃないのか?」

「…誕生日?」

 キョトンとする一刀。
 誕生日。
 言われて見ればそうだっただろうか?
 …解らない。
 この世界に飛ばされた時は、確かにまだ誕生日を迎えていなかった。
 あれから随分経ったし、確かに一つ年上になっているだろうが…。
 今日が誕生日かと言われると自信が無い。
 むしろ違う気がする。
 そもそも、現代での暦をこの時代の暦とどう照らし合わせればいいものか。
 まぁ、何月何日だかわからないという事は、どの日でもいいという事だが。

「…まぁ、そうだな…。
 (という事は、みんなが色々くれるのも誕生日だって話が広まってるせいか?
  しかし、一体何処から…それに何故みんなして食べ物ばかり?)」

 特に深い考えもなく、誕生日を承認してしまった一刀。
 しかし、それは明らかなミスだった。
 鈴々の目がキラキラ輝く。

(し、しまった、この展開は…!)

「だから、手作り料理なのだ!」

 何の疑問も持っていません、とばかりに突き出された鈴々の手の中の料理とは呼びたくない料理…うう、料理って呼んじまったよ……。
 食えるか食えないか、美味いか不味いかくらいは鈴々自身の野生のカンで察知できるだろうに、こういう時に限ってそのカンが働かない。

(お約束なんてキライだ…)

「お、おぅ、ありがとう鈴々。
 存分に食わせてもらうぜ」

「うん!」

 ニパッと満面の笑み。
 しかし、これを食ったら命に関わる。
 人として逃げるか、鈴々のご主人様として受け止めるか…究極の選択である。
 そして一刀は…。

「とは言え、流石にこんだけ食ってるとな…見ろよ、これ」

 日和ってヘタレた。
 だが満腹なのも事実だし、無理に食べるのも…まぁ、この分だと食べる時は無理せず食べるのが不可能だが…。
 一刀が指差した、他の女性達からの(←ここ重要)差し入れを示す。
 満腹だから後で食べる、と言おうとした一刀だが。

「こんなの、腹5分目にもならないのだ」

「…鈴々、自分を基準に考えるのは止めようね…」

 鈴々は納得しないようだった。
 実際、彼女は小さな体でこの程度の量は軽く食べてしまう。

 目が食べろ食べろと催促していた。
 実を言うと鈴々、ちょっと怒っていたりする。
 何でって、他の人達からの贈り物は食べれて、自分のは食べれないと言ったのだから。
 実際食べられる物かは疑問だし、食べないとは言ってないのだが、鈴々は納得しない。

 膨れっ面になる鈴々を、一刀はどう宥めたものかと思案する。
 …が、唐突に鈴々は笑顔になった。

「ど、どうした?」

「お兄ちゃんは照れ屋さんなのだ。
 口移しがいいなら、素直にそう言えばいいのに」

 なっ!?と本気で驚いた。
 そんな事、一欠けらも考えてなかった…というか、考える余裕が無かった。
 慌てて違うと言おうとする一刀だが…もう遅かった。

ガタッ!

「り、鈴々ー!?」

 口移し、それ即ち食物を口に含み、別の人間の口に注ぎ込む事を指す。
 …どうやら鈴々は、料理(とまた呼んじまった…)を口に入れた瞬間、ノックアウトされてしまったようだ。
 なんて冷静に分析している暇は無い。
 大慌てで鈴々を抱え上げ、自己新のスピードで飛び出した。

「え、衛生兵! 衛生兵ー!」

 鈴々を担いで走り回る一刀の姿が目撃されたと言う。
 なお、一刀が鈴々の造ったアレを食べたのは、折角造ってくれたから…などではなく、単に滑ってコケた拍子に口に入ってしまっただけの事である。
 南無。




 またまた視点は変わって、恋及び孫権こと蓮華、甘寧こと思春…あんど。

「わーかってないわね、恋ちゃん…ご主人様の指示に従っているだけじゃ、ご主人様は満足しないわよ」

「…?」

「ま、満足…!?」

「……」

 …貂蝉が、ここに居た。
 その異様な風体で営業妨害になる…なんて事はなく、みんなもう慣れているらしい。
 キッパリ言うが、話されているのはY談。
 どういう経緯か知らないが、オトコ心もオンナ心も熟知している貂蝉が、恋の相談を引き継いでいるようだ。
 ちなみに、蓮華も何気に興味津々で聞き入っていたりする。
 思春は我関せずと、のんびりお茶を飲んでいる。

「……どうすればいい?」

「…………(どきどきどきどき)」

 貂蝉は自分に期待の視線が投げかけられているのを感じて、満足げに頷く。
 色々あるが、どれにするべきか?
 房中術は奥が深く、ちょっとやそっとでは身につけられないモノも多い。
 加えて、恋に細かい技術を会得させようとしても無理だろう。
 講義を始めて3分も経たずに、意識が何処かに飛ぶのが目に見えている。
 ならば…。

「そうねぇ、紫苑の考えもいい線行ってるし…ここはもう一捻り加えましょうか」

「………?」

「…………(どきどきどきどき)」

 貂蝉は、恋と蓮華を強引に引き寄せた。
 蓮華はちょっと拒絶反応を示したが、そこはスルー。
 貂蝉は自分のアイデアを、小声でぼそぼそと教え込む。

 1分後、蓮華の

「ふ、フケツーーーー!!!!」

 という絶叫が響き渡った。





 さて、日は沈んで夕食時。
 一刀はこれから起こる事を、何となく予測していた。
 誰から広まったのかは知らないが、一刀が誕生日だというのは今日になって急に広まったらしい。
 という事は、そんなに手の込んだ物を容易する暇もないだろうから、やはり食べ物か。

 結局鈴々が倒れた後は、誰も差し入れに来なかった…正直助かった、と思ってしまったり。
 当の鈴々は、医務室でまだ魘されている。
 付き添ってやりたかったが、政務が残っているので辞退してきたのである。
 正直、鈴々が起きた時の反応が怖いというのもあるが。

 それはともかく、イベントに参加しそうな数人がまだ来ていない。
 まずは愛紗。
 彼女は解り易い。
 多分、以前と同じように夕食にチャーハンでも持ってきてくれるだろう。
 星は酒とメンマだと思われる。
 紫苑は…精の付きそうな料理で決まり。
 それから、華淋・春蘭・秋蘭の魏のトップトリオ。
 彼女達は、プレゼントをくれるかも微妙だが…まぁ、くれなくても文句は言うまい。
 恋も知っていれば、食べ物を贈ってくれるだろう。

「…いずれにせよ、もう一回満腹になるまで食い続けろって事だな…」

 特に恋がヤバイ。
 彼女の胃袋は鈴々並だ。
 それを基準に持ってくるに決まっている。
 一刀が頭を抱えていると、扉から乾いた音が響いた。

「主、開いているか」

「星? 入ってくれ」

「失礼する…おや、夕食はまだだったか?」

「ああ、この後色々来そうだからな…」

 実際、星の手には予想通り酒とつまみ…やっぱりメンマのようだ…が収まっている。
 ふむ、と星は腕を組んだ。

「空きっ腹に酒はあまりよくありませぬな。
 他には誰が来るので?」

「多分、愛紗が夕食を…」

「ならば、それと一緒に食べるとしよう。
 愛紗の事だから、張り切りすぎて多く作るに決まっておりますからな。
 紫苑の料理もあるでしょうし」

「紫苑も?」

「昼間に、二人で市場を歩いておりました。
 夕食の材料を探していたのでしょう。
 しかし主、今日が誕生日ならば前もって言えばよかろうに…」

「いや、今日が誕生日かは自信がないんだけどな…。
 誰から広まったんだろ?」

「さて。
 …おや、愛紗達が来たようです。
 ふふ、見事に緊張しておる…ここからでも気配が丸解りだ」

 星の言う通り、ガチャガチャ音を立てながら誰かが廊下を歩いてくる。
 星は少し考えると、部屋の窓を開け放った。

「星?」

「少々名残惜しいが、ここは愛紗に華を持たせるとしよう。
 先客を見て、不機嫌になられては堪らんからな。
 それに、この部屋に四人も居ては少々狭すぎる」

「はは…後で忍んでくるつもりじゃないのか?」

「はてさて、主が望むならそれも良し。
 偶には、逆に主が忍んでくるのはどうだ?」

「考えておくよ」

 ヘタに忍び込むと、賊として殺されかなねいからな。
 余計な言葉は封じ込め、一刀は窓から出て行く星を見送った。

 その後すぐに、扉がノックされる。

「ご、ご主人様、居られますきゃ!?」

「…きゃ?」

「あらあら、愛紗ちゃん落ち着いて…。
 ご主人様、失礼します」

 ガチャリと扉を開けて入ってきたのは、紫苑のみだった。
 愛紗は?と首を傾げる一刀。
 それを他所に、紫苑は振り返って愛紗に何か合図した。

 ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえて、カチンコチンの愛紗が出来の悪いロボットのような動きで入ってくる。

「ごごごごごご、ご主人様!」

「は、はい!?」

「夕食をお持ちしました!
 ぜ、是非とも味わっていただきたく…」

「あ、あぁ…晩飯まだだったから、助かるよ」

 まだと言うより、意図して食べてなかったのだが、それはともかく…愛紗の表情がパッと明るくなる。
 紫苑がそれを見て微笑ましそうにしていた。

 実際、見事なモノだった。
 以前作ったチャーハンは勿論、初めて作ったであろう幾つかの食品も充分見れるようになっている。
 恐らく、紫苑が横からしっかりと監督したのだろう。
 横目で視線を送ると、苦笑が返ってきた。
 どうやら愛紗のドジは結構なものだったらしい。
 台所の惨状が怖い。
 しかし、だからこそ堪能しなければなるまい。

「それじゃ、遠慮なく食べさせてもらうよ。
 ちょうど腹減ってたんだ」

「そ、そうですか!」

 喜色と緊張が交じり合う愛紗。
 一刀が箸を手にして、自分の作った料理に手をつけ、そして無理なく笑った表情を見て、その相好を見事に崩してしまった。





 途中で星が持って来た酒に気付いて愛紗が不機嫌になったり、紫苑が作った料理で(予想通り)雄な部分が元気になったりしたが、それは置いといて。
 あらかたの料理を食いつくし、酒もほぼ空。
 一刀は満ち足りた表情で椅子に凭れかかり、愛紗は『美味い』と言ってくれたのが余程嬉しかったようでまだニコニコしている。
 紫苑は何やら、期待に満ちた視線を一刀に送っていた…何を期待しているかは、大体予想がつくが。

 機嫌がいいためか、愛紗も仕事がどうだとかは言い出さず、三人でのんびりした時間を楽しんでいた。

「ところでご主人様、まだ食べられますか?」

「ん? …いや、流石に限界だな…」

「紫苑…? まだ他に作った料理があるのか?」

「うーん、作ったと言うか、嗾けたと言うか…」

「…またイヤらしい事だろう…」

 ジロリと愛紗が睨みつけるが、紫苑は意に介さない。
 ホホホと笑って誤魔化した。

「…恋か?」

「あら、勘がいいですわねご主人様」

「消去法だ…しかしこの流れで料理と来ると…定番のアレか?」

「そう、アレです。 食べられますか?」

「……そういう事なら…」

 つまり…女体盛り。
 二人でニヤリと笑う。
 蚊帳の外に置かれた愛紗が声を掛けようとした時、扉が軽く叩かれた。

「恋か? 入っていいぞ」

「………」

 無言で顔を出したのは、予想通り恋である。
 珍しい事に、何もしない内から顔を赤くしている……ナニしている間もそうそう顔を赤らめたりしない彼女が。

「よっ、どうした恋? 何か食い物持ってきてくれたのか?」

「………(コクッ)」

「…何だと言うのですか、一体…」

 解っていて聞く一刀と、急に不機嫌になった愛紗。
 普段なら一刀も愛紗にフォローをするのだが、浮かれているためか気が回ってない。
 八つ当たり気味に突っかかろうとする愛紗を、紫苑が妙な迫力を伴って制していた。

 恋は部屋に入ってくる…のだが、その手に持っている食べ物の量がまた…。
 紫苑も愛紗も目を丸くしている。
 どうやら丸一日市場を歩き回る間に、あちこちから寄付を募ったらしい…本人に自覚は無いが。
 流石にこの量は予想外だ。
 何かと恋に甘い一刀のこと、贈り物として持ってきてくれた物なら、全て食い尽くさねば気が治まらない。
 が、幾らなんでもこの量は…。

「……あ、愛紗と紫苑にも食べてもらっていいか?」

「あらまぁ♪」

 目を輝かせる紫苑。
 恋は少し考え、ちょっとだけ不満そうな顔をして、少々の時間を空けて頷いた。
 時間を空けてのコクッ、はあまり当てにならないのだが…。

「……恋だけで…食べたかった…」

「? 何だ、この点心やら何やらはご主人様に持って来たのではないのか?」

 紫苑も一刀も首を傾げる。
 紫苑が恋に吹き込んだのは女体盛り…即ち恋と食べ物を食べてもらう事で、恋が食べるのではない。
 恋の言い方だと、自分が食べるような…。

「ご主人様…」

「ん?」

「脱いで」

「ブッ!? れ、恋、お前一体何を…!?

「まぁまぁ、愛紗ちゃんいいから。 ちゃんと愛紗ちゃんも食べましょうね?」

「食べるって、結局何を!?」

 思いも依らない展開に戸惑う一刀。
 脱いでと言ったのに一向に動かない一刀に焦れたのか、恋は問答無用で一刀を押し倒してしまった…食べ物片手に。
 その隣では、鼻息を荒くした愛紗が、鼻息をもっと荒くした紫苑に口を塞がれ押さえ込まれている。

「ちょ、おい恋何をする気だ!?」

「紫苑から教わった。
 女体盛り。
 でも、貂蝉がそれだけじゃ甘いって言って教えてくれた」

(アイツかぁぁぁぁぁ!!!)


 ナリは不気味だが、妙に人望のある貂蝉。
 彼女が吹き込んだからには、より一層アグレッシブな行為になっている事は間違いない。
 つまり…。

「女体盛りじゃなくて…男体盛りをするつもりね、恋ちゃん!?」

「………(コクッ)」

「「なななななななななぁ!?」」

 妙に手際よく一刀を向いた恋は、その体にペタペタと料理を貼り付けていく。
 温かい感触や冷たい感触が入り混じり、一刀は早くも反応してしまった。
 しかも、それを紫苑が煽る煽る。

「あのね恋ちゃん、男体盛りをする時には、まずご主人様のお股についてるお肉をね…」

「…こう?」

「お、おおぅ…」

「れ、恋−!!!」

 流石は紫苑というべきか、男の欲望をよく理解している。
 いきなり皿代わりにしても反感を買うだけだ。
 まずは程よく劣情を刺激し、『こ、こんなのもいいかなぁ』と思わせるのが重要である。

「ほら、愛紗も食べましょう?
 ご主人様のカラダを、こんなにジックリ賞味できる機会なんてそうそう無いわよ? ね?」

「うっ…」

 そう言われてしまうと、愛紗も興味が出てきてしまう。
 唯でさえ、閨では一刀に主導権を握られているのだ。
 それに年頃の乙女らしい好奇心だってある。

「…あ、愛紗?」

「…申し訳ありません、ご主人様!」

「ノォーーーーーッ!?」

 珍しく素直に欲望に屈した。
 恐らく、今夜はご飯のお返しという事で『ご褒美』を期待したりしていたからだろう。

 しかも混沌はこれだけでは治まらず。

「主、望まれたように夜這いに来たぞ…なんだ、面白い事になっているな?」

「一刀、起きてる? 腹が苦しいんじゃないかと思って、胃薬を…って、あら」

「ご主人さ…ッ!? な、何事!? 何事ですかこれは!?」

「北郷、少し…!? ほ、本当に実行してるー!?」

「一刀〜、貴方の正妻が夜伽に…うわ!?」

 順に星、華淋、朱里、蓮華、孫尚香。
 さらに…。

「あらご主人様、素敵な状態ね?」

 ことの原因、貂蝉。
 こんな状況になった以上、今後の展開は言うまでも無いだろう。

「いぃぃぃやぁぁあぁあぁぁぁぁ!!!!!!!」

 一刀は隅々まで味見されました。
 途中から羞恥心がなんか妙な感覚に変わってしまい、中々気持ちよかったそうです。
 ……各方面からの全力抵抗によって、貂蝉は排除された事だけは言っておく。



オマケ

「…で、結局どうしてみんな、一刀に食べ物をあげてたのかしら?」

 最後まで理由を知らなかった詠でした。


オマケその2

「…鈴々はどうしてこんな所で寝てるのだ?」

 記憶が飛んだらしい。