まだ暑い8月の終わり、和宏は転校の手続きのために新しい学校へと来ていた。職員室で事務手続きをしてくれたのは、音楽教師であり、和宏の副担任となる先生だった。<深月 遙>――それが彼女の名前だった。学校の先生とは思えない遙の気さくな態度に和宏は好感を抱く。遙はその親しみやすい性格から、男女問わず学生たちに人気があることを和宏は学園生活を通して知っていく。
ある日、和宏は用事があって出向いた音楽室で、遙の弾いているピアノを聴くことになる。その旋律は時に懐かしく時に悲しく、不思議な響きをもって和宏の心に届いた。 曲を褒めた和宏に遙はすこし照れながら礼を言い、これは未完の曲なのだと教えてくれた。彼女は未完だと言ったが、印象に残る旋律に興味を引かれ、和宏の足は自然と音楽室へと向けることになる。そして今度は遙がピアノを教えている姿を見ることになった。 |
自らの夢を託し、音楽の道を志す麻生久遠。
夢に向かって頑張る彼女を応援しピアノを教える遙。和宏はそんな二人の姿を好ましく思い、日課の様に音楽室に通うようになる。和宏はある日、ふと思いついた質問をした。
「どうして教師になったんですか?」
素朴な質問なはずだったのだが――― |
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卒業を数ヶ月後に控えたある日。
和宏はいつものように久遠と共にピアノの練習をしていた。
心の奥底から溢れてくるメロディーを思い出そうと、懸命に久遠にピアノを習う和宏。
しかし―――同じ時間を過ごしているうちに、二人は自然とお互いの存在を意識し始めていた。
すぐ側にいるのに―――いや、すぐ側にいるからこそ、触れ合うことのできない心と心。踏み込むことができない一歩を躊躇する毎日。
そんなある日。ひょんなことから二人はお互いの気持ちを確認しあうことができる。そして始まる、新しい二人の関係。
だが―――新しい何かを手に入れた和宏は、必然的に古い何かを忘れ去る。そして―――その何かは、ゆっくりと……だが、確実に和宏の心の奥底で動き始めていた。 あれから―――1年という長い刻を経て、再び運命の歯車が回ろうとしていた。 |